なぜ金融機関はハイリスクな債券を発行するのでしょうか?
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2025/04/15 15:25
男性
30代
AT1債やB3T2債のようなハイブリッド債は、返済順位が低かったり元本が削減されるなど、明らかに高リスクな仕組みに見えます。そんな債券を金融機関がわざわざ発行する理由はどこにあるのでしょうか?資本調達なら普通に株を出せば済むようにも思えるのですが。
回答
株式会社MONOINVESTMENT / 投資のコンシェルジュ編集長
金融機関がAT1債やB3T2債といったハイブリッド債(劣後債の一種)を発行する最大の理由は、自己資本規制への対応を効率的に行いながら、株主への影響を最小限に抑えることにあります。
国際的な銀行規制であるバーゼルⅢでは、金融機関に一定以上の自己資本比率を保つことが義務付けられています。これを満たすために普通株式を発行することも可能ですが、新株発行は既存株主の持ち分を薄めてしまう「株式の希薄化」を引き起こし、株価の下落や経営陣の評価低下につながる恐れがあります。そのため、金融機関としては資本調達手段を分散しつつ、株価や株主価値への悪影響を避けたいという意図があります。
ここで活用されるのが、AT1債やB3T2債のようなハイブリッド証券です。これらの債券は、通常の社債とは異なり、一定の条件を満たすと自己資本としてカウントできるという特徴を持ちます。具体的には、金融機関が経営危機に陥った際には元本が削減されたり、利払いが無期限に停止されたりするなど、投資家にとっての返済保障が極めて弱い設計となっています。こうした仕組みによって、債券でありながら資本性を持つという性格を持たせているのです。
投資家にとっては明らかに高リスクな商品ですが、そのぶん通常の債券よりも高い利回りが設定されており、「リスクとリターンが釣り合う」と判断される場面では一定の需要があります。発行体である金融機関にとっては「自己資本の強化」と「株価の維持」の両立が可能となり、発行側と投資側の利害が一致する形でこの市場が成り立っているのが実情です。
ただし、ハイブリッド債は一般の債券よりも仕組みが複雑かつ想定される損失リスクも大きいため、個人投資家が投資対象として検討する際には注意が必要です。企業の財務内容や規制動向への理解に加えて、リスク許容度の確認も不可欠です。不安がある場合や詳細な判断が難しいと感じる場合は、金融商品に詳しいIFAや資産運用の専門家に相談することをおすすめします。
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ハイブリッド債
ハイブリッド債とは、債券と株式の両方の特徴を併せ持つ金融商品です。企業が資金調達の一環として発行するもので、一般的な債券のように利息(クーポン)が支払われる一方で、元本の返済順位が低く、場合によっては返済されないリスクもあるのが特徴です。 たとえば、企業が経営破綻した場合、ハイブリッド債の返済は通常の社債よりも後回しにされ、場合によっては株式と同様に返済が受けられない可能性もあります。また、多くのハイブリッド債は「期限付き劣後債」などと呼ばれ、一定の条件下で繰り延べ(支払いの先送り)や元本の減額が可能とされているため、通常の債券よりもリスクが高く設定されています。 その分、投資家にとっては相対的に高い利回りが期待でき、ポートフォリオにおける収益性の向上を狙う手段として活用されることもあります。 企業側にとっては、会計上は自己資本に近い扱いを受けることもあり、財務健全性を損なわずに長期資金を調達できるメリットがあります。とくに金融機関やインフラ系企業など、資本規制や信用格付けを意識する業種で多く利用されています。
AT1債
AT1債(Additional Tier 1 Bonds)は、債券と株式の中間的な性質を持つ特殊な金融商品です。正式名称のAdditional Tier1が示すように、銀行の中核的自己資本であるTier1の一部として算入される証券です。 原則として償還期限のない永久債として発行され、発行体である銀行の財務状態が著しく悪化した場合には、元本が削減されるか株式に転換される条項が付されています。また、銀行の裁量により利払いを停止できる特徴があり、一旦停止された利払いは後日支払われることはありません。 このように、通常の債券よりも株式に近い性質を持つことから、発行体にとっては資本性の高い調達手段となる一方、投資家にとっては相応のリスクを伴う投資商品となっています。
B3T2債
B3T2債(Basel III Tier 2債)とは、国際的な銀行規制であるバーゼルIIIに基づいて、金融機関が自己資本を補強するために発行するTier 2資本(補完的自己資本)に該当する債券のことです。Tier 2は、コア資本であるCET1(普通株式等Tier 1資本)やAT1債(その他Tier 1債)に次ぐ階層に位置づけられ、万が一の損失吸収能力を備える「セーフティクッション」として機能します。 B3T2債は、一般的な社債に比べて返済順位が低く、破綻時には元本の削減(ヘアカット)や支払い停止のリスクがあります。ただし、AT1債と比べると支払いの繰り延べや強制的な株式転換といった構造は原則含まれず、より明確な償還期限とクーポン支払い条件が設けられているため、リスクとリターンのバランスは中間的です。 投資家にとっての主な魅力は、相対的に高めの利回り。ただし、バーゼルIIIが求める条件(満期までの残存期間に応じた段階的な資本認定除外など)により、金融機関が途中で繰上償還(コール)を選択する可能性もあるため、実際の運用期間や収益に影響する点には注意が必要です。 金融機関の財務基盤を支える資本の一部として設計されていることから、B3T2債への投資は単なる利回り商品というよりも、銀行の健全性や資本政策への深い理解を前提とした判断が求められます。信用格付けやCET1比率、規制環境の変化など、複数の要素を総合的に見極めることが重要です。
バーゼル規制(Basel III)
バーゼル規制(Basel III)とは、銀行の経営破綻による金融システム全体への悪影響を防ぐことを目的に策定された、国際的な銀行規制の枠組みです。特に2008年のリーマン・ショック後、従来のバーゼルIIでは不十分だったリスク管理体制の見直しが急務となり、より厳格なルールとしてバーゼルIIIが導入されました。 この規制では、銀行に対して一定水準以上の自己資本の確保や、過度な借り入れの抑制、資金繰りの安定性確保などが求められます。主な内容は以下のとおりです。 - 自己資本比率の強化:とくに損失吸収力の高い「普通株式等Tier1資本」の比率を重視 - レバレッジ比率の導入:資産を過剰に膨らませるリスクを抑制 - 流動性規制の導入:短期資金不足への耐性を示す「流動性カバレッジ比率(LCR)」や、長期的な安定性を示す「ネット安定資金調達比率(NSFR)」の設定 - G-SIBsへの追加規制:世界的に重要な銀行にはより高い資本基準を適用 これにより、金融機関には単に収益を追うだけでなく、リスクと資本の健全なバランスを保つ経営が強く求められるようになりました。 投資家にとってもバーゼルIIIは無関係ではありません。たとえば、銀行が自己資本を強化する手段として発行するハイブリッド債(AT1債やTier2債)は、この規制に基づいて設計されており、元本削減条項や株式転換条項といった独特のリスクを含んでいます。表面的な利回りの高さに注目するだけでなく、その裏にある規制背景を理解することが、適切な投資判断につながります。