
役員退職金とは?支払時期や税金・適正金額・功労倍率の考え方を解説
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公開:
2025.09.25
更新:
2025.09.25
役員退職金は、経営者にとって功労の集大成であると同時に、法人と個人双方に大きな税務・資金インパクトをもたらします。しかし、過大額による否認リスクや「実質的な退職」の判断、勤続5年以下では1/2課税が使えないなど、見落としやすい落とし穴も少なくありません。さらに2019年の保険損金ルール改正以降は、資金準備の設計を誤ると会社のキャッシュフローにも直結します。
本記事では、適正額を導く功績倍率法や退職所得控除の具体額、株主総会での決議・議事録整備のポイント、資金準備4手段や事業承継効果まで整理し、今日からの実務設計に役立つ視点を得られます。
サクッとわかる!簡単要約
この記事を読むと、自社の役員退職金を「最終報酬×在任年数×功績倍率」で合理的に算定し、株主総会決議や規程整備を抜け漏れなく進められるようになります。勤続30年なら退職所得控除1,500万円、死亡退職金は「500万円×法定相続人」の非課税枠など具体的な優遇を正しく理解でき、勤続5年以下で1/2課税が使えない注意点も把握できます。
さらに否認を避ける3つの対策や資金準備4手段、承継での株価引下げ効果まで整理されており、相場やモデル試算をもとに自社の妥当性を確認できます。結果として、経営者は安心して制度設計に着手でき、次の意思決定に直結する実務知識を獲得できます。
役員退職金の基本|そもそも、いつ・どうやって支給が決まるのか?
役員退職金は法律上の義務ではなく、会社の裁量で支給が決まります。しかし、その決定には株主総会での決議といった厳格な手続きが不可欠です。本章では、役員退職金の定義や従業員退職金との違いを整理し、支給が認められる「退職」の考え方、そして規程の整備から支給実行までの正しい手続きの流れを解説します。
役員退職金(退職慰労金)とは?従業員退職金との3つの違い
役員退職金(役員退職慰労金)は、企業の役員が退任する際に、長年の功労に報いる目的で支給される金銭です。法律上の支給義務はなく、支給の有無や金額は各企業の裁量に委ねられています。
1.法的根拠:株主総会決議が必須
従業員の退職金が労働契約の一環として就業規則で定められるのに対し、役員退職金は会社法上、定款に定めるか株主総会の決議によって支給が決まる任意給付です。
ここで重要なのは、額が確定しているものはその額、額が確定していないものは具体的な算定方法を株主総会で定める必要があるという点です。
実務上は「総額の枠」を株主総会で承認し、個別配分を取締役会に一任する方式も許容されていますが、その場合でも算定方法(方針)の明確化が前提になります。
2.位置づけ:役員への功労報奨金
役員退職金制度は、適切に活用すれば法人税の節税につながり、役員個人の資産形成にも役立つ重要なものです。しかし、その金額が会社の業績や役員の貢献度に見合わず過大であると、会社の財務を圧迫するだけでなく、後述する税務上の問題が生じるリスクもあります。そのため、会社の状況に応じた適切な制度設計が求められます。
3.税務上の扱い:金額の妥当性が厳しく問われる
税務上、従業員退職金と役員退職金はともに優遇された「退職所得」として扱われますが、役員特有の規定も存在します。例えば、勤続年数が5年以下の役員に対する退職金は税制優遇の一部が適用されません。また、役員退職金はその金額が「不相当に高額」と判断された場合、超過分が経費(損金)として認められないリスクがあり、従業員退職金よりも厳格な妥当性が問われます。
支給の前提となる「退職」とは?分掌変更など実質的な退職の判定基準
役員退職金は、原則として役員が経営から完全に離れる「退職」の事実があって初めて支給が認められます。
例えば、代表取締役から相談役に就任する「分掌変更」のように、役員としての地位や職務内容が実質的に変わらないまま退職金を受け取ると、税務上否認されるリスクがあります。この際、職務・権限・時間・報酬等が実質的に減少しているか、独立性が確保されているかを総合判定されます。
また、短期間で入退任を繰り返してその都度退職金を受け取ることも、同様に問題視される可能性があるため注意が必要です。
役員と執行役員の違いについては以下の記事で詳しく解説しています。
役員退職金を支給するまでの4ステップと手続きの全体像
役員退職金の支給は、恣意的な決定を避けるために厳格なプロセスが求められます。規程の整備から始まり、株主総会での決議、議事録による証拠化、そして実際の支払いと税務手続きに至るまで、一連の流れを正しく理解し実行することが重要です。これにより、税務上のリスクを回避し、円滑な支給を実現します。
Step1. 支給基準の策定(役員退職金規程の整備)
まず、算定基準や支給条件を定めた「役員退職金規程」を社内で整備します。この規程には、役職ごとの功績倍率、金額の算定方法、支給手続きなどを具体的に盛り込み、客観的で一貫したルールに基づき支給額が決定される仕組みを構築します。
Step2. 支給額の決定(株主総会・取締役会)
役員退職金は、株主総会決議で支給が決まります。
具体額を決めるか、基準(内規)を明示したうえで取締役会に具体額等を一任する方式が実務上広く用いられています。
総額のみ承認して個別配分を取締役会に一任する場合でも、株主が算定方法の相当性を理解できるように根拠を示しておくとガバナンス上・税務上ともに安全です。
Step3. 決議内容の文書化(議事録の作成と保管)
株主総会決議は議事録で証拠化します。
個人情報配慮の観点から具体額を議事録に記載しない会社もありますが、税務上は「支給金額(又は算定方法)が具体的に定まった日」が収入・損金の判定起点になります。「支給する旨のみ」の決議に留めた場合、金額確定まで確定時期が遅れる点に注意してください。
Step4. 支給と付随手続き(登記・税務申告など)
税務上(所得税)の収入時期は、役員の場合、退職後に株主総会等で「支給金額が具体的に定まった日」とされます。
会社は退職金支払時に源泉徴収を行い、原則翌月10日までに納付(納期の特例の承認を受けている場合は年2回)します。「退職所得の受給に関する申告書」の提出がない場合、20.42%で源泉する特例計算となる点にも注意が必要です。
役員退職金規程がない場合のリスクと整備の重要性
役員退職金の支給は法的な義務ではないため、規程がなくても支給自体は可能です。しかし、多くの中小企業では、長年の功労に報いるため、また税務上のメリットを享受するために支給する慣行があります。
規程を整備しておくことで、支給額の客観的な根拠となり、税務調査で恣意的な利益処分と見なされる否認リスクを大幅に軽減できます。円滑な制度運用のために、専門家のアドバイスも得ながら事前に規程を整えておくことが賢明です。
役員退職金の適正額はいくら?相場と具体的な計算方法
役員退職金の金額に法的な定めはありませんが、税務上「適正額」と認められる水準を把握することが不可欠です。本章では、最も一般的な計算方法である「功績倍率法」の仕組みを解説し、役職や企業規模に応じた相場観を提示します。具体的なモデルケースを用いたシミュレーションを通じて、自社の適正額を算出する際の参考にしてください。
最も一般的な計算方法「功績倍率法」の仕組みと3つの要素
役員退職金の計算方法に法令上の明確な定めはありませんが、実務では「功績倍率法」という算定方式が最も広く用いられています。これは税務上も合理的な方法として認められています。
計算式は以下の通りです。
役員退職金 = 最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率
この算定方法を用いることで、客観的な根拠に基づいた退職金額を算出できます。
なお、報酬の変動が大きい場合などに用いられる「1年あたり平均額法」という方式もありますが、多くの中小企業では計算がシンプルな功績倍率法が主流です。いずれの方法を用いる場合でも、事前に「役員退職金規程」で算定基準を定めておくことが重要です。
1.最終報酬月額:いつの報酬を基準にするか
役員が退任する直前の月額報酬を指します。ただし、退職金の額を意図的に引き上げる目的で直前に報酬を増額したような場合は、税務上否認される可能性があるため注意が必要です。
2.役員在任期間(勤続年数):端数処理と通算の考え方
税務上の退職所得控除では、勤続年数の1年未満端数は切上げとなります。
一方、支給額そのものの算定(社内規程上の勤続年数の扱い)は会社の裁量で定められるため、端数の扱いを規程に明記しておくと安全です(例:端数月×/12で按分、または切上げ 等)。
3.功績倍率:役職別の相場は内規で設定
功績倍率は、法令で具体の倍率が定められているわけではありません。
実務では「功績倍率法」という算定方式自体は国税庁の基本通達で定義されており(最終報酬×在任年数×職責に応じた倍率)、個々の倍率水準は過去の判例・裁決例や同業他社の支給状況を参照して社内規程で設定します。
倍率値は会社の規模・業種・役職・貢献度等を踏まえ、過大とならない根拠を残すことが重要です。
中小企業の役員退職金相場は?自社の妥当性を判断するベンチマーク
自社で設定した退職金額が適正かどうかを判断するには、客観的な指標との比較が欠かせません。過去の裁判例で示された役職別の功績倍率や、同業・同規模他社の支給実績などが重要なベンチマークとなります。これらのデータを参考に、自社の退職金水準が社会通念上、妥当な範囲に収まっているかを確認することが大切です。
役職別・企業規模別の平均支給額と功績倍率
功績倍率に法的な基準はありませんが、過去の裁判例(昭和55年)で示された「社長:3.0倍、専務:2.4倍、常務:2.2倍、平取締役:1.8倍」といった数値が、現在でも一つの目安とされています。
また、ある調査によれば、中小企業の社長の功績倍率は全国平均で2.5倍前後というデータもあります。ただし、これらはあくまで一般的な指標であり、実際には企業規模や業種、地域によっても差が見られます。
「不相当に高額」と見なされる金額の目安
功績倍率を高く設定しすぎると、税務調査で「不相当に高額」と判断され、超過分が経費として認められないリスクがあります。創業社長など特に功績が大きい場合には「特別功労加算」を上乗せすることも可能ですが、その場合も客観的な根拠が必要です。
自社の退職金額が適正か判断に迷う場合は、同業・同規模他社の支給データを参考にしましょう。
参考として、エヌエヌ生命(2020年調査)では、中小企業役員退職金の平均支給額は社長約2,476万円、取締役約1,685万円、監査役約1,150万円とされています。ただし、母集団・調査方法・時点によって数値は変動することから、自社の業績・規模・資本政策を踏まえた検証が不可欠です。
モデルケースで見る退職金のシミュレーション
実際に功績倍率法を用いて退職金を計算してみましょう。
例えば、以下の条件で計算します。
- 最終報酬月額:70万円
- 役員在任年数:20年
- 功績倍率:3.0倍
この場合の退職金の目安額は「70万円 × 20年 × 3.0倍 = 4,200万円」となります。
実際の支給額は、この金額を基準に、在任中の特別な功労や会社の業績などを考慮して最終的に決定されます。
役員退職金にかかる税金を法人・個人別に解説
役員退職金は、支払う法人と受け取る個人の双方に大きな税務メリットがあります。法人側では適正額を損金として計上でき、個人側では「退職所得控除」などの優遇措置により税負担が大幅に軽減されます。本章では、法人税と所得税それぞれの観点から、税金の仕組みと節税効果、注意すべき特例について詳しく解説します。
個人側:退職所得控除で税負担は大きく軽減!手取り額の計算方法
役員が受け取る退職金には所得税と住民税がかかります。しかし、通常の給与とは異なる「退職所得」として扱われるため、3つの大きな税制優遇措置が適用され、税負担は大幅に軽減されます。
優遇措置1:勤続年数が長いほど増える「退職所得控除」
退職所得控除は、課税対象となる金額から勤続年数に応じて差し引かれる大きな控除枠です。計算方法は「勤続20年まで:年40万円」「20年超:年70万円」となっており、長く勤めるほど控除額が大きくなります。例えば勤続30年なら1,500万円(800万円+70万円×10年)が控除されます。
退職所得控除については以下Q&Aでも説明しています。
優遇措置2:課税対象額が半分になる「1/2課税」
退職金の収入額から退職所得控除を差し引いた後の金額を、さらに半分にした額が課税対象となります。これにより、税負担が大きく圧縮される仕組みです。
課税退職所得金額 = (収入金額 − 退職所得控除額) × 1/2
優遇措置3:他の所得と合算されない「分離課税」
退職所得は、給与や事業所得など他の所得とは合算せずに独立して税額を計算します。そのため、同じ年に高額な退職金を受け取っても、他の所得の税率が上がることはありません。
これらの優遇措置により、退職金の手取り額は給与に比べて多くなります。なお、退職金を受け取る際に「退職所得の受給に関する申告書」を会社に提出すれば、会社側で税額計算と源泉徴収が完結するため、原則として個人での確定申告は不要です。
注意点:勤続5年以下の役員退職金は税制優遇が縮小
役員の勤続年数が5年以下の場合、特定役員退職手当等に該当することから、前述した税制優遇2「1/2課税」の措置は適用されません。退職所得控除を差し引いた後の金額がそのまま課税対象となります。
これは、短期間の在籍で高額な退職金を受け取り、税負担を不当に軽減する行為を防ぐための措置です。
なお、従業員の場合も勤続5年以下で受け取る退職金は、短期退職手当等に該当し、控除後の金額のうち300万円を超える部分について1/2課税が適用されません。
法人側:適正額なら全額損金算入できる!節税効果と会計処理
会社が支払う役員退職金は、適正な金額であれば全額を経費(損金)に算入できます。支給した事業年度の課税所得を減らすことができるため、法人税の節税に直接つながります。ただし、役員の貢献度や同業他社の水準に照らして「不相当に高額」と判断された部分は、損金として認められないため注意が必要です。
また、赤字決算の法人でも役員退職金の支給は可能であり、その金額は損金として計上できます。その期の法人税は発生しませんが、将来の黒字と相殺できる繰越欠損金を増やす効果があります。
なお、役員退職金(適正額)は原則、株主総会等で「金額が具体的に確定」した日の属する事業年度に損金算入します。資金事情等で支給日基準(実際に支払った事業年度)を採ることも認められていますが、未払計上のみでの損金算入はできないことに注意が必要です。
特殊ケースの税務上の取り扱い
役員の経歴によっては、退職金の税務上の計算が複雑になる場合があります。
例えば、長年従業員として勤務した後に役員へ昇格したケースや、従業員としての身分を併せ持つ「使用人兼務役員」のケースなどです。これらの場合、勤続年数の数え方や退職金の区分について特別な配慮が必要となります。
従業員から取締役に昇格した場合の退職金の計算
従業員から役員に昇格し、最終的に退任する際の退職金は、役員就任時に従業員分の退職金を支給したかどうかで扱いが変わります。
一般的には、役員就任時に従業員分の退職金を支給せず、最終退任時にまとめて支払う方法が選択されます。この場合、税金の計算で非常に有利な「退職所得控除」を算定する際、従業員としての勤続年数と役員としての在任年数を通算できます。勤続年数が長くなるほど控除額は大きくなるため、個人の税負担を軽減する効果があります。
ただし、退職金の金額そのものは、それぞれの期間の規程に基づいて計算するのが原則です。つまり、「従業員期間分」は従業員退職金規程で、「役員期間分」は役員退職金規程で算出し、それらを合算した額が最終的な支給額となります。
使用人兼務役員の退職金はどう分ける?
取締役部長や取締役工場長など、役員と従業員の身分を兼ねる「使用人兼務役員」の退職金は、「役員分」と「使用人分」を明確に分けて計算する必要があります。
これは、税務上の取り扱いが異なるためです。「使用人分」の退職金は、他の従業員と同じ従業員退職金規程に基づいて計算されるため、適正額と認められやすく、損金算入の否認リスクは低いといえます。一方、「役員分」の退職金は、役員退職金規程に基づき功績倍率法などで計算され、その金額の妥当性が税務上厳しく問われます。
このように、退職金をそれぞれの身分に応じて区分し、客観的な根拠に基づいて計算することで、税務上の否認リスクを適切に管理することができます。
税務署から「不相当に高額」と否認されないための3つの重要対策
役員退職金は適正額であれば全額経費(損金)にできますが、税務上「不相当に高額」と判断されると、超過分は役員賞与と見なされ損金不算入となるリスクがあります。これは多額の追徴課税につながるため、否認を避けるための事前の対策が不可欠です。特に以下のようなケースは、税務調査で指摘されやすいため注意が必要です。
- 功績倍率が、同業他社の水準や過去の判例から著しくかけ離れている。
- 会社の業績や規模に比べて、退職金の額が不自然に大きい。
- 勤続年数が短いにもかかわらず、高額な退職金が支給されている。
対策1:客観的な算定根拠となる「役員退職金規程」を整備する
税務上の否認リスクを避ける最も重要な対策は、「役員退職金規程」を事前に策定し、社内で正式に運用しておくことです。規程には、役職ごとの功績倍率、算定方法、支給手続きなどを明記し、誰が見ても客観的かつ一貫性のあるルールを定めます。明確な根拠規程があれば、税務調査の際に支給額の正当性を合理的に説明でき、恣意的な決定ではないことを証明できます。
対策2:適法な決議プロセスを実行し「株主総会議事録」で証明する
役員退職金の支給は、会社法に基づき株主総会の決議を経る必要があります。支給額や支給時期などを議案として提出し、正式に承認を得なければなりません。そして、その決議の記録である「株主総会議事録」を法的に有効な形で作成・保管することが、手続きの正当性を証明する上で不可欠です。なお、議事録には個人情報保護の観点から具体的な金額を記載せず、支給する旨の決議があった事実を記録に留めるのが一般的です。
対策3:退職金額の正当性を損なう操作を避ける
退職金額の算定根拠や支給のプロセスが形式的に整っていても、その実態が不自然であれば税務署から疑義を持たれる可能性があります。
まず、退職直前に役員報酬を不当に引き上げる行為は避けるべきです。功績倍率法は最終報酬月額を基準に計算するため、正当な理由なく報酬を増額すると、退職金を意図的に引き上げるための操作と見なされかねません。
次に、短期間で役員の退任・再就任を繰り返し、その都度退職金を受け取ることも問題視されます。特に、退任から再任までの期間が短い場合、税制上の優遇措置が受けられないだけでなく、退職の事実そのものが形式的であると判断されるリスクがあります。
計画的な役員退職金の資金準備方法4選|会社のキャッシュを守るには
役員退職金は多額の現金支出を伴うため、無計画な支給は会社の資金繰りを圧迫しかねません。将来の支払いに備え、計画的に原資を準備しておくことが重要です。本章では、代表的な資金準備方法である「内部留保」「生命保険の活用」「共済制度」「分割支給」の4つの選択肢を取り上げ、それぞれのメリット・デメリットを比較しながら解説します。
方法1:内部留保・社内積立で着実に準備する
最も基本的な準備方法は、毎期の利益から計画的に資金を積み立て、会社の内部留保として蓄えておくことです。
会計上、「役員退職慰労引当金」を計上することもありますが、これは税務上の経費(損金)とは認められず、あくまで社内管理上の措置となります。税務上、役員退職金は支給した事業年度に初めて損金となるため、引当金を計上しても節税効果はありません。実質的には、毎期得た利益を現金や預金として着実に社内に蓄積していく方法です。
方法2:生命保険(役員保険)を活用して保障と両立する
法人契約の生命保険を活用する方法も、退職金の準備手段として広く利用されています。経営者を被保険者とする積立型の保険に加入し、退職のタイミングで解約して受け取る解約返戻金を退職金の原資に充てる仕組みです。
この方法の利点は、経営者の万一の際に死亡保険金が受け取れるなど、保障を確保しながら資金準備ができる点です。保険料の一部を経費計上できる商品もありますが、2019年の通達改正により、保険期間3年以上の定期・第三分野保険で「最高解約返戻率が50%超」の契約は、損金算入が制限される取扱いに変わりました(令和元年7月8日以後契約分)。
さらに、最高解約返戻率が70%以下かつ年換算保険料が一人当たり30万円以下など一定の例外もあります。節税保険としての過度な活用は難しくなっているため、資金計画と会計・税務の見通しを踏まえて設計してください。
相続税対策に生命保険を活用する方法は以下記事で詳しく解説しています。
方法3:小規模企業共済など外部制度を経営者個人で活用する
会社の制度とは別に、経営者個人が活用できる共済制度もあります。代表的なものが「小規模企業共済」です。これは、会社の役員や個人事業主が、退職や廃業に備えて個人で資金を積み立てる制度です。
掛け金は全額が個人の所得から控除されるため、経営者個人の所得税・住民税の節税につながります。ただし、これはあくまで個人のための退職金準備であり、掛け金は会社の経費にはなりません。なお、従業員向けの「中小企業退職金共済(中退共)」に役員は原則として加入できません。しかし、役員でも従業員として賃金の支給を受ける等の実態があれば加入できる可能性があります。
小規模企業共済については以下記事で詳しく解説しています。
方法4:資金不足時の選択肢(分割支給・銀行借入)
事前の準備が間に合わず、退職時に資金が不足した場合には、以下のような代替策が考えられます。
一つは、役員の合意を得て退職金を分割で支払う方法です。ただし、複数年にわたって支給する場合は注意が必要で。退職一時金の分割払いは、原則として退職所得として取り扱われますが、退職年金等に振り替えた場合は雑所得(総合課税)の対象となります。
源泉徴収は、退職金総額で税額を算出し、各回の支給額で按分する取扱いが示されています。制度設計時に、一時金の分割と年金化を明確に区別してください。このように受け取る側の税制優遇(退職所得控除)の扱いや税負担額が変わる可能性があるため、慎重な検討が必要です。
もう一つは、金融機関から融資を受ける方法です。もちろん借入であるため利息負担は発生しますが、どうしても資金が捻出できない場合の最終的な選択肢となり得ます。
事業承継・相続対策に役員退職金を戦略的に活用する
役員退職金は、経営者の功労に報いるだけでなく、事業承継や相続対策においても極めて有効な手段です。勇退時に役員退職金を活用することで、会社の株価評価を引き下げ、後継者の税負担を軽減することが可能になります。また、万一の際には相続税対策としても重要な役割を果たします。
会社の株価を引き下げ、後継者の贈与税・相続税負担を軽減する
中小企業の事業承継では、長年の経営で蓄積された利益剰余金によって自社株の評価額が高騰し、後継者が株式を相続・贈与される際の税負担が課題となりがちです。
この対策として、オーナー経営者の勇退時に役員退職金を支給する方法が有効です。退職金として会社の利益を社外に移転させることで、会社の純資産が減少し、結果として株価評価を引き下げる効果があります。
より詳しく説明すると、非上場株式の相続税評価は、類似業種比準方式・純資産価額方式・併用方式等により異なります。退職金の支給は利益の減少(比準方式の利益要素)や純資産の減少(純資産価額)を通じ、株の評価額低下に作用し得ます。一方、保険解約益との相殺等で効果が薄れる場合もあるため、評価方式と資金手当の手段を踏まえた検討が必要です。
これにより、後継者の相続税・贈与税の負担が軽減されるだけでなく、会社は支払った退職金を損金に算入して法人税を圧縮でき、受け取った経営者個人も税制優遇のある退職所得として資金を確保できるなど、多面的なメリットが期待できます。
死亡退職金の非課税枠(500万円×法定相続人数)を活用して相続財産を遺す
オーナー経営者が在職中に亡くなった場合、会社は遺族に対して死亡退職金を支給できます。この死亡退職金は所得税の対象ではなく、相続税の課税対象財産となります。
その際、相続税法では「500万円 × 法定相続人の数」で計算される非課税枠が設けられています。例えば、法定相続人が3人いる場合、1,500万円までは相続税がかかりません。
この非課税枠は、生命保険金の非課税枠とは別で利用できるため、両者を併用すれば、より多くの財産を非課税で遺族に残すことが可能です。これは、遺族の生活保障と相続税対策の両面で非常に有効な手段です。
生命保険の相続税の非課税枠については以下Q&Aでも説明しています。
この記事のまとめ
役員退職金は、功績倍率法など客観的な算定基準を明示し、株主総会決議や議事録で適正に手続きを踏むことが欠かせません。勤続5年以下の1/2課税不適用や過大額否認などのリスクを理解したうえで、内部留保・保険・共済・分割支給などを組み合わせて計画的に原資を確保することが重要です。法人にとっては損金算入、個人にとっては退職所得控除や死亡退職金の非課税枠を最大限活用でき、承継局面では株価引下げ効果も期待できます。まずは自社の相場やモデル試算を確認し、専門家と相談しながら規程整備と資金設計を早めに進めることが、将来の安心につながります。

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投資のコンシェルジュ編集部は、投資銀行やアセットマネジメント会社の出身者、税理士など「金融のプロフェッショナル」が執筆・監修しています。 販売会社とは利害関係がないため、主に個人の資産運用に必要な情報を、正確にわかりやすく、中立性をもってコンテンツを作成しています。
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役員退職金(役員退職慰労金)
役員退職金(役員退職慰労金)とは、会社の取締役や監査役などの役員が退任する際に、その長年の貢献に対する感謝や報酬の一部として会社から支払われるお金のことです。これは従業員に支払われる退職金とは性質が異なり、通常、株主総会の決議によって支給が決定されます。また、退職金の金額は役員の在任期間や業績、企業の業績などを総合的に考慮して決められます。税務上は損金算入が認められる範囲に注意が必要で、過大な金額は法人税の課税対象になることもあります。資産運用の観点からは、企業オーナーや役員が将来の資金計画を立てる上で重要な要素の一つです。
功績倍率法
功績倍率法とは、役員退職金の金額を決める際に使われる代表的な計算方法のひとつです。この方法では、役員の最終報酬月額に在任年数をかけ、さらに「功績倍率」と呼ばれる係数をかけて退職金を算出します。 功績倍率は、その役員の会社への貢献度や役職の重要性、業績への影響などを考慮して決められます。たとえば、社長であれば高い倍率が設定されることが多く、在任期間が長ければ長いほど退職金も高くなる傾向があります。 税務上の適正額を判断する際にもこの方法がよく使われ、過大な支給とみなされると法人税の課税対象になる場合もあるため、適切な倍率の設定が重要です。資産運用や事業承継を考える際には、将来の退職金額を予測するうえで非常に役立つ考え方です。
最終報酬月額
最終報酬月額とは、役員が退任する直前の1か月間に受け取っていた月額の報酬金額のことを指します。これは、役員退職金を計算する際に基準となる重要な要素であり、功績倍率法などの計算方法ではこの金額に在任年数や功績倍率をかけて退職金の額を決めるのが一般的です。 税務上も「退職前の通常の報酬額」として適正に扱われる必要があり、退任直前に急激に報酬を引き上げると、税務当局から否認されることがあります。そのため、最終報酬月額は、過去の報酬実績と整合性が取れているかが重視されます。資産運用や事業承継の場面でも、将来の退職金額を予測・計画するうえで基礎となる数値です。
役員退職金規程
役員退職金規程とは、会社が役員に対して退職金を支給する際のルールや計算方法を定めた社内規程のことです。この規程には、誰が対象となるのか、退職金の算出方法(たとえば功績倍率法など)、支給の時期や手続き、退職事由(通常退職・懲戒退職など)による取り扱いの違いなどが明記されています。 役員退職金は、株主総会の決議を経て支給されるのが一般的ですが、この規程があることで、支給内容の透明性と公平性が保たれ、社内外への説明責任も果たしやすくなります。また、税務上も、この規程が適正に整備されていることで、退職金の損金算入が認められやすくなるというメリットがあります。資産運用や事業承継の場面では、将来の退職金支給計画の根拠として重要な役割を果たします。
株主総会決議
株主総会決議とは、株式会社の最高意思決定機関である株主総会において、株主の多数決により会社の重要な事項を正式に決定することを指します。たとえば、取締役や監査役の選任・解任、定款の変更、剰余金の配当、そして役員退職金の支給などがその対象になります。特に役員退職金は、株主の承認を受けて支払う必要があると会社法で定められており、決議がなければ支給することができません。 決議の形式には、普通決議、特別決議、特殊決議の3つがあり、内容によって必要な賛成割合が異なります。投資家にとっては、企業のガバナンスが適正に行われているかを見極める上で、この決議の内容や経緯は非常に重要な判断材料となります。
退職所得
退職所得とは、会社などを退職した際に受け取る退職金に対して発生する所得のことを指します。これは給与所得とは区別され、税法上、特別な扱いがされています。退職金は、長年の勤労に対する労いの意味を持つため、課税される際には「退職所得控除」という優遇措置が設けられています。 さらに、退職所得として課税される金額は、通常の給与よりも軽い税率が適用される「1/2課税」という制度があり、これによって税負担が軽減されます。役員が受け取る退職金についても原則として退職所得となりますが、形式的に退職して実態が伴わない場合や、過大とみなされる金額については税務上認められないこともあります。 資産運用や老後の生活設計において、退職金がどのように課税されるのかを知っておくことは、手取り額を見積もる上で非常に重要です。
退職所得控除
退職所得控除とは、退職金を受け取る際に税金を軽くしてくれる制度です。長く働いた人ほど、退職金のうち税金がかからない金額が大きくなり、結果として納める税金が少なくなります。この制度は、長年の勤続に対する国からの優遇措置として設けられています。 控除額は勤続年数によって決まり、たとえば勤続年数が20年以下の場合は1年あたり40万円、20年を超える部分については1年あたり70万円が控除されます。最低でも80万円は控除される仕組みです。たとえば、30年間勤めた場合、最初の20年で800万円(20年×40万円)、残りの10年で700万円(10年×70万円)、合計で1,500万円が控除されます。この金額以下の退職金であれば、原則として税金がかかりません。 さらに、退職所得控除を差し引いた後の金額についても、全額が課税対象になるわけではありません。実際には、その半分の金額が所得とみなされて、そこに所得税や住民税がかかるため、税負担がさらに抑えられる仕組みになっています。 ただし、この退職所得控除の制度は、将来的に変更される可能性もあります。税制は社会情勢や政策の方向性に応じて見直されることがあるため、現在の内容が今後も続くとは限りません。退職金の受け取り方や老後の資産設計を考える際には、最新の制度を確認することが大切です。
分離課税
分離課税(ぶんりかぜい)とは、特定の所得について他の所得と合算せず、その所得単独で税額を計算し、課税する方式です。分離課税には「源泉分離課税」と「申告分離課税」の2種類があります。
損金
損金とは、法人税の計算上、企業の所得から控除できる費用のことを指す。具体的には、給与、仕入原価、広告宣伝費、減価償却費などの事業に直接関連する支出が該当する。損金に計上できるかどうかは税法により定められており、計上可能な費用を適切に処理することで課税所得を抑えることができる。一方で、税務上の損金と会計上の費用が一致しない場合もあり、適切な管理が求められる。
使用人兼務役員
使用人兼務役員とは、会社の役員でありながら、同時に従業員としての職務も行っている人のことを指します。たとえば、取締役として経営判断に関わりながら、部長や工場長などの役職について、実際に業務執行にあたっている場合がこれにあたります。 使用人としての業務が明確に存在していれば、その分の給与(使用人給与)は通常の従業員と同じように「給与所得」として税務上認められます。ただし、実態としては業務を行っていないにもかかわらず形式的に肩書だけを付けた場合、税務上でその給与が「役員報酬」と見なされる可能性があり、損金算入が認められなくなることもあります。 したがって、使用人兼務役員として適正に扱われるためには、役員としての職務と使用人としての職務が明確に区別され、実際に業務が行われていることが重要です。中小企業などでは、親族がこの立場になることも多いため、税務リスクを避けるためにも正しい理解が求められます。
分掌変更
分掌変更とは、会社内での役員の担当業務や職務の内容が変更されることを指します。たとえば、営業本部長として実務を担っていた役員が、その職を退き、経営会議などへの参加を続けるだけの立場になるような場合です。このような変更は、表面的には役員を続けていても、実質的には職務を退いたとみなされる場合があり、「実質退職」と判断される根拠になることがあります。 特に、役員退職金を支給するタイミングでこの分掌変更が行われると、税務上「退職」と認められるかどうかが問題になるため、非常に重要なポイントです。実際の業務から完全に離れ、以前の影響力を持たない状態になっていれば、分掌変更後に退職金を受け取っても「退職所得」として認められる可能性があります。しかし、実態が伴わず名ばかりの変更である場合、税務署から否認されることもあります。したがって、分掌変更は、税務リスクの管理や退職金の適正な支給を考える上で重要な概念です。
小規模企業共済
小規模企業共済とは、中小企業の経営者や役員、個人事業主の方のための退職金制度です。「小規模企業」という文言が含まれているとおり、一定の要件を満たす中小企業や個人事業主が対象です。 小規模企業共済制度は、独立行政法人中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)が運営している「小規模企業共済法」という法令に基づいた共済制度です。 掛金は全額所得控除され、加入者は事業資金の借入れも可能です。 加入資格は、従業員が20人以下(商業・サービス業では5人以下)の個人事業主や会社役員などです。ただし、兼業で会社員をしているなど、給与所得を得ている場合は加入資格がないため注意が必要です。
死亡退職金
死亡退職金とは、会社に勤務していた人が在職中に亡くなった場合に、その勤務先から遺族に対して支払われる退職金のことをいいます。通常は、従業員の長年の勤務に対する感謝や弔慰の意味を込めて支給されるもので、企業が就業規則や退職金規程に基づいて支払いを行います。 この金銭は、法律上は「遺族に直接支払われる退職金」という形をとるため、相続財産とは性質が異なりますが、税務上は「みなし相続財産」として相続税の課税対象になります。ただし、生命保険金と同様に、一定額までは非課税(「500万円 × 法定相続人の数」)とされており、実際に相続税がかかるかどうかは全体の遺産額によって決まります。 資産運用や相続対策を考える際には、この死亡退職金の存在を把握しておくことが重要です。特に会社員の方が亡くなった場合、遺族の生活設計や納税資金の確保において、大きな意味を持つ財産となり得ます。
相続人(法定相続人)
相続人(法定相続人)とは、民法で定められた相続権を持つ人のことを指します。被相続人が亡くなった際に、配偶者や子ども、親、兄弟姉妹などが法律上の順位に従って財産を相続する権利を持ちます。配偶者は常に相続人となり、子がいない場合は直系尊属(親や祖父母)、それもいない場合は兄弟姉妹が相続人になります。相続税の基礎控除額の計算や遺産分割の際に重要な概念であり、相続対策を検討する上で欠かせない要素となります。