
創業社長の自社株偏重リスク対策ロードマップ
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公開:
2025.04.29
更新:
2025.04.29
株価が半分になれば、給与も個人資産も同時に半減—上場直後の創業社長が陥りやすい一点集中リスクです。本記事では、未上場期から 5 年目までに持株比率を安全圏 34~51% に下げるロードマップと、ブロックトレード・株式担保ローン等の実務手法を比較します。
サクッとわかる!簡単要約
本記事を読み終えた時点で、あなたは自社株偏重が招く経済・心理リスクを定量的に把握し、議決権ライン別の「安全圏」を具体的な数値で設定できるようになります。また、未上場フェーズから上場後5年目までのロードマップと、ブロックトレード・処分信託・デリバティブヘッジなど各手法のコスト・タイムライン・規制上の特徴を一覧比較できる知識が得られるため、自社に最適な分散シナリオをシミュレーションする土台が整います。
1. 自社株偏重リスクとは?二重の経済打撃と心理的落とし穴
上場を果たしたばかりの創業社長は、自社株式に資産が集中する傾向があります。多くの場合、創業者は上場後も 会社の発行株式の過半数 あるいは大部分を保有し続けています。その結果、創業者個人の財産の大半が 自社の株価 に連動することになり、以下のようなリスクに晒されます。
業績悪化が招く給与減+株価下落のダブルパンチ
自社業績が悪化すると、役員報酬など給与収入が減少するうえ、保有株の株価下落で資産も減少します。つまり、事業不振時には収入と資産の両面でダブルパンチを受ける可能性があります。一方で業績好調時には給与も株価も上がりますが、資産変動の振れ幅が非常に大きくなり、資産が不安定になりがちです。
分散投資の原則から見た集中リスクの深刻度
金融資産の大半が自社株1銘柄に集中している状態は、基本的な分散投資の原則に反しています。一般に一つの銘柄に資産の過半数を投じることはリスク管理上好ましくなく、自社の業績と関係ない資産クラスを持つことで資産運用の安定性が高まるとされています。例えば、社長ご自身の会社業績に左右されない現預金や他社株式・債券などを十分に持っていれば、一社の不調で全資産が揺らぐ事態を避けられます。
創業者心理が売却タイミングを逸する典型例
創業社長は自社への思い入れが強く、「会社を信じているから株を売りたくない」「社内外の人に悪く思われるのでは」といった心理的ハードルにより、リスクが高いと分かっていても自社株を手放せないケースが多々あります。しかしこの心理的偏重こそが大きな落とし穴です。実際に「愛着ゆえに好調時に売却できず、結局株価が元に戻ってしまった」という実例も報告されています。ある上場企業社員(創業メンバー)が上場前に購入した自社株は、上場直後2倍になり、その後ピーク時には20倍にまで急騰しましたが、「会社の成長を信じている」という思いから冷静な売却判断ができず、最終的に株価は上場直後の水準まで下落してしまいました。このケースでは、好調なときに一部でも売却しておく重要性を痛感する結果となりました。
以上のように、創業社長にとって自社株偏重は資産面・精神面双方のリスク要因となります。「自社株だけに頼らず、業績と無関係な資産を持つことが安定した資産運用のカギ」であることは、多くのウェルスマネジメントの専門家が強調するところです。自社株に偏った資産構成をお持ちの方は、一度立ち止まり、長期的視点での資産ポートフォリオ再構築を検討する必要があります。
分散投資の基本を整理したい方は、下記の記事もご覧ください。
2. 創業社長が守るべき経営権ライン別・最低留保比率
自社株を売却してリスク分散を図るにあたり、創業社長として気になるのが経営権の維持でしょう。どこまで株式を手放しても安全か、その目安を議決権比率(持株比率)ごとの「ライン」で考えてみます。以下は、日本の会社法に基づく経営権と持株比率の関係です。
議決権比率目安 | 経営権に関する位置づけ | 意味合い・留意点(概要) |
---|---|---|
67% 以上 | 絶対的支配権(特別決議も単独可決) | 定款変更・合併等の重要事項も単独決定可。他株主の意向に左右されない理想的支配状態。ただし流通株要件に注意。 |
51% 超 | 経営権掌握(普通決議を単独可決) | 役員人事や配当など通常事項は単独決定可。経営続投は盤石。ただし特別決議は不可、重大事項は2/3が必要。 |
34% 超 | 拒否権確保(特別決議を単独阻止可) | 重要議案に対する拒否権を持つ。過半数はないため普通決議事項では不安定だが、敵対的買収や重要変更を単独阻止可能。 |
20〜30% 前後 | 主要株主として影響力 | 実務上、創業家がこの範囲に留まる例も多い。他の株主次第で経営権が揺らぐ可能性。友好的株主との連携が鍵。 |
「経営権の死守」と「資産分散」のバランスを検討します。例えば、創業家として会社への支配力をどこまで保持したいかによって手放せる株式の上限が決まります。特別決議事項も含め完全に支配したいなら最低66.7%は残す、日常の経営コントロールさえ維持できればよいなら51%程度、重要事項の拒否権ラインで妥協するなら34%程度、という目安です。
もちろんこれは目安であり、実際には上場市場の要求する流通株比率との兼ね合いや、他の安定株主の存在も考慮する必要があります。いずれにせよ、計画的な株式比率の「ダイエット」に着手する前に、「自分は経営権をどのラインまで譲ってもよいのか」を明確に定め、それを下回らない範囲で分散を図ることが重要です。
3. ステージ別ロードマップ|未上場〜上場5年目までの持株比率ダイエット
創業社長が自社株偏重から脱し、健全な資産ポートフォリオへ移行していくには、時間をかけた計画的なステップが必要です。上場前から上場後5年程度までの各段階で、取るべき対応をロードマップとして整理します。
未上場フェーズ:セカンダリー取引で先行ヘッジ
上場前の段階から実はリスク低減策を講じることが可能です。近年では、一部のスタートアップ創業者が 未上場の段階で自己保有株を一部売却 し、キャッシュ化する事例も出てきています。
それにより上場時のリスクを先んじてヘッジし、将来への不確実性に備える動きです。具体的には、上場直前のラウンドでVCや事業会社に創業者株の一部を買い取ってもらうセカンダリー取引が選択肢になります。この方法により、創業者は IPOを待たずに創業利益の一部を実現 できます。
上場まで時間がかかったり市場環境が悪化したりするリスクに対し、「事前に一部売却でヘッジしておく」ことは有効な戦略です。ただし、未上場時点での株式売却は投資家や他の株主の同意が必要になることが多く、また「上場前から創業者が株を売るのはコミットメント低下ではないか」と見られる懸念もあるため、慎重な交渉と情報開示が求められます。
IPO直前・上場時:ロックアップを踏まえた売出し設計
IPO時には公募増資や売出しの形で創業株主が一部株式を放出するケースもあります。ただ、日本のIPO慣行では 創業者の大幅な持株売却は控えめ にされる傾向があります。創業者がIPOで売却する割合が多いと「上場ゴール」「創業者のコミットメント低下」と市場に受け取られかねず、株価にマイナスの影響を与える可能性があるためです。
そのため、IPO時にはロックアップ(一定期間の売却禁止)も通常設定され、創業者は上場後一定期間(一般的に90日~180日)は保有株を売れません。 上場時点では基本的に大きな現金化は期待せず、むしろロックアップ満了後の計画に備える姿勢が重要です。
ただし、上場直後に公募増資ではなく創業者持株の売出しを一部組み込むことで、創業者が IPO時に適度なキャッシュアウト を得ることもできます。この場合も市場への説明責任がありますので、「創業者個人資金の今後の事業投資や納税資金確保のため」といった合理的な理由を示し、株式売出比率を抑えめにするなど配慮が必要です。
上場後初期:解除直後にブロックトレードで初期調整
ロックアップ解除を迎えたら、最初の持株比率調整のチャンスです。上場後しばらくは株価が堅調に推移している場合も多く、このタイミングで計画していた一部売却を実行するのが望ましいでしょう。実務的には、直後に市場で売却すると売り圧力で株価を下げてしまう懸念があります。したがって、証券会社を通じて ブロックトレード(市場外での一括売却) を行い、機関投資家やファンドに大口ブロックを引き受けてもらう手法が有効です。これにより市場に一度に売り注文を出さずに済み、株価への影響を緩和できます。
また、処分信託の活用も検討されます。処分信託とは、創業者が信託銀行に一定株数の売却を期間をかけて代行してもらう仕組みで、信託設定時にインサイダー情報が無ければ、以後たとえ創業者に重要事実が生じても信託銀行が計画に沿って淡々と売却してくれます。
これにより決算発表直後の「窓空き期間」以外でも売却でき、創業者自身が売却のタイミングを図るプレッシャーから解放されます。上場後初期には、こうした手段を活用してまず最初の目標比率まで持株を減らすことが推奨されます。
上場後中期:決算後の計画的売却で比率コントロール
上場から1年以上が経過し、株式市場での会社の評価も安定してくる時期です。この段階では、創業者の持株売却も市場から過度な不安視をされにくくなります。株価動向や業績を見極めつつ、計画的な売却を継続しましょう。例えば 毎四半期の決算発表後のタイミング(インサイダー規制上問題のない窓空き期間)に、少しずつ市場売却する方法もあります。
市場に与えるインパクトを抑えるため、一度に売る量を出来高の数%以内に限定し、長い期間をかけて売却する方法です。また必要に応じて再度ブロックトレードや信託を使うことも検討します。株価が好調な局面では多少多めに売却し、逆に割安と判断する局面では売却ペースを落とすなど、柔軟に調整すると良いでしょう。重要なのは、「○年後に持株比率○%にする」という 中期目標 を常に念頭に置き、それに沿って機械的に実行することです。計画があることで心理的迷いも減り、実行しやすくなります。
上場後後期:目標比率達成後の維持・IR戦略
上場後3年以上が経過すると、創業者も当初の興奮から落ち着き、会社も次の成長ステージに移行している頃でしょう。最終的に目指す保有比率の達成が視野に入ります。この時期には、当初設定した経営権ライン(前節の34%や50%など)をクリアしているか確認します。目標をまだ上回る保有がある場合、引き続き売却やヘッジを進めます。
一方、既に十分にリスク分散が進んでいる場合は、今後は維持管理フェーズに入ります。つまり、以降は大口の売却はせず、必要資金が生じた際に機動的に一部売却する程度に留める戦略です。5年ほど経過すると、市場も創業者の一定の持株売却には慣れ、驚きは少なくなります。このタイミングでIR(投資家広報)を通じ、「創業者持株は経営権維持に必要な水準まで低下し安定した」**旨を伝えることで、市場の不安(いわゆるオーナー株の売却オーバーハング懸念)を払拭することもできます。つまり5年目以降は、創業者株の存在がマーケットに与える影響も管理しつつ、安定株主としての立ち位置を確立していく段階です。
以上がステージ別のロードマップです。重要なのは、「いきなり一度に大きく売却しない」ことです。時間をかけて段階的に進めることで、市場への影響や社内外の心理的インパクトも最小化できます。また、各段階で法規制や市場環境の変化に応じて計画を見直す柔軟性も持ちましょう。では次に、具体的な売却・ヘッジ手法自体の比較検討に移ります。
4. 自社株売却・ヘッジ5手法の比較ガイド
上場企業の創業社長が自社株比率を下げたり、株価変動リスクを抑えたりする方法には、いくつか代表的な選択肢があります。ここでは五つの手法を取り上げ、資金化速度、株価への影響、費用感、法的留意点を横並びで整理したうえで、個別の特徴を解説します。
手法 | 資金化速度 | 株価影響 | 費用感 | 主な規制・開示 | 推奨ステージ |
---|---|---|---|---|---|
市場内売却 | 数週間〜数か月 | 高 | 小 | インサイダー規制・決算窓空き | 上場後中期以降 |
ブロックトレード | 1日 | 中 | 中 | 5%ルール報告 | ロックアップ解除直後 |
処分信託 | 6〜12か月 | 低 | 中 | 信託報酬・信託契約 | インサイダー情報保有者 |
プット/カラー | 契約即日 | なし | 低〜中 | デリバティブ保有開示 | 売却を先送りしたい時 |
株式担保ローン | 数日 | なし(※担保割れ時を除く) | 中 | 担保設定・強制売却時の開示 | 資金需要が急ぎの時 |
自社株の市場内売却(分散売り)のポイント
最もシンプルな方法で、保有株を株式市場で売却して現金化します。メリットは手続きが簡単で透明性が高いこと、タイミングを細かく分散できることです。しかし、創業者の大口売却は売り需要の増加による株価下落圧力を招きやすい点がデメリットです。
特に発行株式の数%に及ぶ規模を短期間で売れば株価を押し下げるリスクが大きいため、市場では一度に大量に売却しない工夫が必要です。また内部者取引規制により決算発表前後の取引は制限され、売却できるタイミングが限定される点にも注意が必要です。
ブロックトレードで自社株を一括売却
ブロックトレードは、証券会社が仲介して機関投資家やファンドに保有株を市場外で一括譲渡する方法です。取引は通常、取引終了後に当日の終値を基準として成立するため、ザラ場に大口の売り注文が流れず、株価への下落圧力を小さく抑えられます。また、一夜で現金化できるため資金調達の速度も速い点が大きな利点です。
一方で、買い手を確保するためには終値から数%程度の値引きに応じる必要があり、引受手数料や契約交渉に伴うコストも発生します。さらに、売却後は大量保有報告(いわゆる5%ルール)により取引内容が公開されるため、「創業者がまとまった株を処分した」という情報が市場に伝わり、短期的な憶測や株価変動を招くリスクが残ります。
それでも、市場内で断続的に売却するより価格へのダメージを抑えやすいため、ロックアップ解除直後に大口売却を検討する創業社長がよく選ぶ手法です。実行前には、割引率や公表タイミングについてIR部門とすり合わせ、投資家向けの説明準備をしておくと市場の動揺を最小限にできます。
処分信託でインサイダーリスクを回避
処分信託は、創業者が保有株を信託銀行に預け、あらかじめ決めた期間・ペースで市場に売却してもらう仕組みです。信託を設定する時点で未公表の重要事実を持っていなければ、その後にインサイダー情報を知っても売却を続行できるため、「情報を抱えているせいで売れない」という制約を避けられます。売却期間を半年~1年と長めに取り、出来高や株価を見ながら分散して処分できるため、株価への供給ショックを和らげられる点も利点です。さらに、売却タイミングを都度判断する必要がなくなるため、心理的な負担が小さいというメリットがあります。
一方で、信託報酬などのコストが発生し、契約を一度走らせると原則として途中停止できない点が難点です。途中で株価が想定外に上昇しても、契約通りに売却が進む可能性があります(上限株価を設定しておくなど、条件面での対策は可能です)。それでも、現役経営者のようにインサイダー情報を抱えやすい立場の人にとっては、計画通りに資産を分散できる有力な選択肢となりつつあります。
プット/カラー取引で自社株をデリバティブヘッジ
株式を手放さずに価格変動リスクだけを切り離す方法として、「プットオプション購入」と「カラー取引(コール売却+プット購入)」があります。プットを買えば、あらかじめ決めた行使価格で自社株を売る権利を確保できるため、暴落局面でも一定価格で資産を確定できます。一方、コールを売ると上昇余地が行使価格までに制限されますが、プット購入費用と相殺できるため、実質コストゼロで「一定レンジ内の値動き」に収めることが可能です(ゼロコスト・カラー)。
メリットは、株式を保有したまま下落リスクを限定できる点で、経営権を維持したい・売却益課税を先送りしたいといったニーズに合います。デメリットは、プット単体ならプレミアム負担が発生し、カラーでも株価上昇の恩恵が上限で切れる点です。また、日本では経営者が自社株にデリバティブをかける例はまだ多くなく、大量保有報告での開示や市場からの見え方にも注意が必要です。
売却せずリスクだけ抑えたいタイミングでは有効な選択肢となるため、実行の際は証券会社や弁護士と協議し、ヘッジ幅・コスト・開示義務を総合的にチェックしてから契約することをおすすめします。
株式担保ローン:自社株を担保に資金調達
株式担保ローンは、保有する自社株を担保に金融機関から融資を受ける仕組みです。株式を売却せずに即座に資金を確保できるため、経営権の希薄化を避けながら納税や投資資金を手当てできる点が大きな利点です。ただし、株価が急落すると担保評価額が下がり、追加担保や早期返済を求められる「担保割れ」に発展する可能性があります。最悪の場合、強制売却で経営権を失うリスクもあるため、借入比率の設定や返済原資の確保が不可欠です。具体的な仕組みと安全な運用ポイントは、次節で詳しく解説します。
自社株売却のミックス戦略と実務チェックリスト
ロックアップ解除後、まずはブロックトレードでまとまった株数を一括処分し、保有比率を初期調整します。次に、残存株の一部にプットオプションを組み込み、急落時の下値を限定。さらに手元資金が不足する場合は、株式担保ローンを安全圏(評価額の25%程度)の範囲で活用するといった組み合わせが現実的です。
要点は、各手法ごとのコスト・リスク・開示義務を正確に把握し、自社株の流動性や資金需要に合わせて配分比率と実行順序を設計することにあります。実務に移す際は、プライベートバンカーやIFA、弁護士、税理士といった専門家と綿密にシミュレーションを行い、「目標保有比率と達成期限」「想定株価レンジ別の税負担と手取り額」「担保ローンの返済原資と追加担保の手当て」を数値で確定したうえで、契約と開示のスケジュールを逆算してください。これにより、想定外の株価変動があっても計画を機動的に修正でき、経営権維持と資産分散を両立させる道筋が明確になります。
5. 株式担保ローン:即時資金化と潜在リスク
株式担保ローン(証券担保融資)は、創業社長が自社株を売却せずに手元資金を得る方法として魅力的に映るでしょう。実際、上場オーナー経営者の中には、自社株を担保に銀行・証券会社から融資を受け、その資金を個人的な住宅購入や他の投資に充てるケースが増えています。ここでは、この手法の仕組みとメリット、そして看過できないリスクについて解説します。
株式担保ローンの仕組みとメリット
創業者が保有する上場株式を金融機関に担保提供し、評価額の一定割合まで融資を受けます。例えば保有株評価10億円に対し3億円を借り入れ、その資金で不動産を購入したり、有価証券に再投資したりできます。
融資利率は通常数%以内(時期によりますが1%前後の低金利で借りられる場合もあります)であり、担保が確実な分だけ創業者は比較的有利な条件で大口資金を手当てできます。自社株を売却しないため経営権比率は維持され、売却益に対する税金も発生しません。
また、借りたお金を安全資産(例えば先進国債券など)に運用すれば、利息以上の利回りを得ることも可能で、「株を持ちながら追加収益を得る」レバレッジ戦略にもなり得ます。このように、自社株が「眠れる資産」を「動く資産」に変える感覚で活用できる点は大きなメリットです。
潜在リスク:担保割れと強制売却
最大のリスクは株価下落による担保割れです。株式は価格変動が大きく、しかも創業者の場合担保は単一銘柄(自社株)に集中しています。もし何らかの理由で自社株の株価が急落し、担保価値が融資残高を下回る「担保割れ」となれば、金融機関から追加担保の差し入れや一部返済(追証)を求められます。
追証に応じられない場合、金融機関は担保株式を強制売却する権利を持ち、実際に市場で売却されてしまいます。これは創業社長にとって最悪のシナリオです。大きく値下がりしている局面で強制的に株を売られるため資産価値の毀損が甚大であるうえ、その大量売却自体が市場に投げ売りと映り株価をさらに下落させる悪循環を招きます。
さらに、「社長が借金返済のために持株を手放した」という事実は他の株主からの信頼を損ね、経営への批判を浴びるリスクもあります。つまり、株式担保ローンは平時は有用でも、非常時には創業者の経営権と財産を一挙に危機に晒す両刃の剣なのです。
株式担保ローン利用時の安全策
この手法をどうしても使いたい場合は、以下の点に最大限留意してリスクを抑える必要があります。
低い融資比率に留める
「株価は下落するもの」 と想定し、株価が数分の一に暴落しても耐えられる借入額に抑えることが肝要です。強気に借りすぎるのは厳禁で、一般に金融機関が提示する融資上限(LTV)の半分程度に留めるなど、極めて保守的な設定にします。例えば評価額の50%まで借りられると言われても20〜25%程度に抑える、といった具合です。
借入金の運用先を厳選する
借りた資金は流動性が高く安定した資産で運用することが鉄則です。不動産のように売却に時間がかかる資産に投じてしまうと、いざ担保割れ時に換金できず追証に応じられません。また株式などボラティリティの高い資産に投資すると、肝心の追証時にその資産自体も値下がりしてしまう恐れがあります。理想は、自社株と価格変動の相関性が低く、1週間以内に現金化できる安定資産です。例えば高格付け債券や現金同等物に投じておけば、万一の場合すぐ売却して返済に充てられます。
緊急時用の流動資産を別途確保
株式担保ローンを使うなら、セットで自社株の一部売却を実施して現金バッファを持つことも推奨されます。例えば予め数億円規模の自社株を売却し、その資金を無リスク資産としてプールしておけば、ローンが担保割れになっても迅速に返済対応が可能です。要するに、「融資+一部売却で安全弁を用意」という組み合わせです。このように純資産を厚くしておけば、強制売却という最悪事態の回避につながります。
モニタリングと契約管理
株価動向を日々チェックし、担保評価と融資残高の関係を常に把握しておくことが重要です。金融機関との契約条件(追証猶予期間や担保掛目の変更条項など)も熟知し、早め早めに対策を打てるよう準備します。場合によっては、株価急落時に 一時的に別資金で返済して融資残高を減らす ことも選択肢です。平時からシミュレーションを行い、「株価が○%下落したら○○する」という自分なりの緊急対応マニュアルを用意しておくと良いでしょう。
以上を守れば株式担保ローンもある程度安全に活用できますが、根本的にはリスクを先送りしているだけとも言えます。何より創業社長は自身の会社に楽観的になりがちで、「自社の株価が数分の一になることもある」という想定が甘くなりやすいという指摘もあります。事実、世界の政治・経済情勢や業界動向によって株価が急落することは十分ありえます。したがって、株式担保ローンは慎重の上にも慎重を期し、「最終手段」と位置づけることをお勧めします。
6.税務・規制・開示チェックリスト|ロックアップ・インサイダー・大量保有報告
自社株の売却や担保設定を行う際には、税務上・法規制上の手続や開示義務を事前に確認しておく必要があります。創業社長は自社の特別関係者(役員・主要株主)に該当するため、一般の投資家にはない規制が適用されます。以下にチェックすべき主な項目をリストアップします。
ロックアップ解除スケジュールの逆算手順
IPO時に創業者株式にロックアップ(一定期間売却禁止)が課されている場合、その解除日時を正確に把握してください。通常は上場後180日程度が多いですが、契約によって延長・短縮条項があることもあります。ロックアップ期間中の売却は契約違反となりますので厳守が必要です。解除後に売却計画を実行できるよう、スケジュールを逆算して準備しましょう。
インサイダー取引規制と「決算窓空き」期間
上場会社役員等(創業社長を含む)は、重要事実(未公表の決算・業績予想修正、M&A等)を知りながら自社株を売買することが法律で禁止されています。違反すれば刑事罰の対象です。したがって、自社株を売却する際は 決算発表直後の一定期間(いわゆる「決算窓空き期間」)に限定するなど、社内規程や一般的なガイドラインに従ってください。
加えて、取引実行前にはコンプライアンス部門に事前相談・許可を取るのが通常です。仮に売却計画中にインサイダー情報を得た場合は、計画を一時中断するなど柔軟に対応しましょう。処分信託を活用すればインサイダー規制下でも売却継続可能ですが、信託設定時点で情報がないことが前提です。
主要株主の売買報告義務(金融商品取引法163条)
創業社長が役員または主要株主(議決権の10%以上保有)に該当する場合、自社株の売買を行った際に財務局への報告書提出義務があります。具体的には、取引月の翌月15日までに所定の様式で 「役員(主要株主)持株変動報告書」 を提出しなければなりません。
この報告はEDINETで公開されるため、市場もその気になれば確認できます。また、金融商品取引法165条により 役員等による自己株式の空売りは禁止 されています。つまり、ヘッジ目的であっても 現物株を持たない状態で自社株の売建て を行うことはできません。このような役員・大株主特有の規制を踏まえ、事前に証券会社とも連携して適切な報告手続を行うようにしてください。
163条・5%ルールに基づく報告義務
自社株の保有割合が5%を超える「大量保有者」は、その保有状況を開示する義務があります。創業社長は通常上場時点で5%超を持っていますので、保有割合に1%以上の変動(増減)があった場合は 5営業日以内 に「大量保有報告書」を提出しなければなりません。
売却で保有比率が5%未満になった場合も提出が必要です。この報告書には保有目的や今後の方針も記載する欄があり、創業者が「純投資」なのか「実質支配目的」なのか等を書かなければなりません。大口の売却を行う際は、こうした大量保有報告によって 市場にまとまった売却を察知される ことも想定し、IR上の備えも必要です。
キャピタルゲイン課税・贈与・相続の税務留意点
自社株を売却すれば当然ながら 譲渡益に対する税金 が発生します。日本国内では上場株式の売却益は約20.315%(所得税15.315%、住民税5%、復興税含む)の分離課税です。創業者は株式取得コストが低いため売却益も大きく、税額も多額になりますが、給与所得等に比べれば税率は低めです。
むしろ役員報酬として受け取る場合の最高税率55%より、株式売却で20%の税金を払う方が手残り効率が良いことも少なくありません。とはいえ売却タイミングによっては翌年の納税資金を用意しておく必要があるため、税金分のキャッシュを確保しておくことが重要です。
また、株式の贈与・相続についても計画がある場合、早めに税理士へ相談しましょう。大口の贈与には贈与税(最大55%)が、相続には相続税(最大55%)が課税されます。事前に相続時精算課税や信託の活用など方策を検討し、事業承継税制の適用是非なども含めたプランニングが必要です。
適時開示・IR対応
法律上の義務ではありませんが、創業社長がまとまった株式売却や担保設定を行う場合、投資家や社員への説明も考慮しましょう。特に保有比率が大きく変動する場合には、「報道機関からの問い合わせ」に備え、広報IR部門と連携してコメントを用意しておくと安心です。例えば、「創業者の資産構成適正化のための売却であり、経営方針に変更はない」などポジティブかつ簡潔な説明ができれば、市場の余計な憶測を防げます。また、自社株を担保に入れた場合、将来的な会社支配権への影響もゼロではないため、必要に応じて取締役会など社内ガバナンス機関にも開示・了承を取っておくべきです(会社によっては役員の株式担保設定を事前報告事項として定めている場合もあります)。透明性の高い情報開示はレピュテーションリスクの低減につながり、長期的に見て創業者自身の信用維持にも資するでしょう。
この記事のまとめ
売却フェーズを誤ると税コストは数千万単位で変わります。まずは「現保有比率」「目標比率」「希望達成年」をメモし、決算発表翌週の窓空き期間に無料相談(30分)を予約してください。プライベートバンカー・税理士チームが、株価シミュレーションと税負担試算をもとに年間アクションプラン(例:ブロックトレード×信託で3年以内に51%)を提示し、分散と経営権維持を両立させます。

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投資のコンシェルジュ編集部は、投資銀行やアセットマネジメント会社の出身者、税理士など「金融のプロフェッショナル」が執筆・監修しています。 販売会社とは利害関係がないため、主に個人の資産運用に必要な情報を、正確にわかりやすく、中立性をもってコンテンツを作成しています。
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分散投資
分散投資とは、資産を安全に増やすための代表的な方法で、株式や債券、不動産、コモディティ(原油や金など)、さらには地域や業種など、複数の異なる投資先に資金を分けて投資する戦略です。 例えば、特定の国の株式市場が大きく下落した場合でも、債券や他の地域の資産が値上がりする可能性があれば、全体としての損失を軽減できます。このように、資金を一カ所に集中させるよりも値動きの影響が分散されるため、長期的にはより安定したリターンが期待できます。 ただし、あらゆるリスクが消えるわけではなく、世界全体の経済状況が悪化すれば同時に下落するケースもあるため、投資を行う際は目標や投資期間、リスク許容度を考慮したうえで、計画的に実行することが大切です。
セカンダリー取引
セカンダリー取引とは、すでに発行された株式や債券などの金融商品を、投資家同士が売買する取引のことを指します。たとえば、証券取引所で株式を売買するのはすべてセカンダリー取引にあたります。これに対して、企業が新しく株式や債券を発行して資金を集める取引は「プライマリー取引」と呼ばれます。セカンダリー取引は、投資家がいつでも資金を現金化できる流動性を確保する重要な役割を果たしています。資産運用においては、こうした市場の動きや流動性を理解することが、適切な投資判断を行ううえで大切です。
ロックアップ
ロックアップとは、IPO(新規株式公開)時に創業者やベンチャーキャピタルなどの大株主が保有株を一定期間売却できないよう制限する取り決めです。一般に90日や180日が多いものの、業績予想の不確実性や持株比率に応じて最長1年程度に設定されることもあります。目的は、上場直後の大量売却による需給バランスの崩れと株価急落を防ぎ、投資家が安心して参加できる環境を整えることにあります。 ロックアップ期間中でも、主幹事証券会社の許諾(ワードによっては「ロックアップ解除」や「早期解除」と表記)により一部売却が認められる例があり、上場後の株価が大幅に上昇した場合や追加資金調達が必要になった場合に適用されるケースが代表的です。投資家としては、有価証券報告書や目論見書に記載されている「対象株主」「期間」「解除条件」を確認し、ロックアップ満了日前後の売却圧力や出来高急増の可能性を織り込んでおくことが重要です。
ブロックトレード
ブロックトレードとは、通常の市場取引とは別に、大量の株式や債券を一度にまとめて売買する取引のことを指します。通常の市場で大きな取引を行うと価格に大きな影響を与えてしまうため、ブロックトレードでは特別な取引ルートを使って、相対で売り手と買い手をマッチングさせます。主に大口の投資家や機関投資家同士の取引で利用されることが多いですが、場合によっては一般の市場にも影響を及ぼすことがあります。資産運用においては、大きなブロックトレードの動きがあった場合、その企業の株価にどのような影響が出るかを注意深く見守る必要があります。
処分信託
処分信託とは、企業や個人が保有している株式などの資産を、売却や譲渡といった処分を目的として信託銀行などに預ける仕組みのことを指します。信託を受けた側は、あらかじめ定められた条件や指示に従って、資産の売却などを行います。処分信託は、たとえば株式をまとめて市場に出さずにスムーズに売却したい場合や、資産の管理や処理を専門家に任せたい場合に活用されます。資産運用の場面では、大量の株式が処分信託に預けられたことが公表されると、その後の売却動向が市場に影響を与える可能性があるため、注目されることがあります。
プットオプション
プットオプションとは、ある資産を将来の決められた価格で売ることができる「権利」のことです。 株などの資産が値下がりしたときに、その値下がりによる損失を抑えるための「保険」のような役割を果たします。 たとえば、ある株が今100円で取引されていて、将来値下がりしそうだと考えたとします。ここで「1か月後に100円で売れるプットオプション」を買っておけば、仮に1か月後に株価が80円に下がっていても、100円で売ることができます。市場価格より高く売れるため、その差額で利益が出ます。 逆に、株価が120円に上がった場合は、わざわざ100円で売る必要がなくなるので、そのプットオプションは使いません。損失は最初に払った「プレミアム(オプション料)」だけです。このように、損失は限定的で、下落時には利益が出せるのがプットオプションの大きな特徴です。 また、プットオプションは投資家が保有している株の値下がりに備える手段としても使われます。たとえば、大きなイベントや相場の不安定な局面で、一時的にリスクを避ける目的で活用されることがあります。 ただし、プットオプションには「時間が経つだけで価値が減っていく」という特性があります。これは「時間的価値の減少(タイムディケイ)」と呼ばれる現象です。オプションには有効期限があるため、満期までの期間が短くなるほど、「この先相場が動く可能性が小さくなった」と見なされ、オプションの価値は自然と下がっていきます。つまり、何もしなくても時間が経つだけで価値が目減りしてしまうのです。 そのため、プットオプションを使う場合は「いつ下がるか」というタイミングも重要になります。あまりに早く買ってしまうと、思ったより相場が動かずに価値だけが減っていく、ということも起こり得ます。
カラー取引
カラー取引とは、オプション取引を利用して、資産の価格変動リスクを一定の範囲内に抑える手法のことを指します。具体的には、資産の下落リスクをヘッジするためにプットオプションを購入しつつ、資産の上昇益を一定程度あきらめる代わりにコールオプションを売却するという組み合わせを行います。この結果、損失を限定しながら、ある程度の収益も確保できる仕組みとなります。資産運用においては、カラー戦略を使うことで、市場の不確実性が高い局面でもリスク管理をしながら投資を続けやすくなるメリットがあります。
デリバティブヘッジ
デリバティブヘッジとは、デリバティブ(金融派生商品)を利用して、資産の価格変動リスクを抑える手法のことを指します。デリバティブには先物取引、オプション取引、スワップ取引などがあり、これらを活用して為替リスクや金利リスク、株価の変動リスクなどをコントロールします。たとえば、外国資産に投資している場合に為替の変動で損失を出さないよう、為替予約というデリバティブを使ってリスクを回避することが挙げられます。資産運用では、デリバティブヘッジを適切に活用することで、安定した運用成果を目指すことが可能になりますが、その仕組みが複雑なため、十分な理解が必要です。
株式担保ローン
株式担保ローンとは、保有している株式を担保に差し入れて資金を借りる仕組みのことを指します。借り手は株式を担保にすることで、通常よりも低い金利で資金を調達できる場合があり、運転資金や新たな投資資金として活用することができます。ただし、株式の価格が大きく下落すると、追加で担保を差し入れるよう求められたり、最悪の場合には担保として預けた株式が売却されるリスクもあります。資産運用の観点では、株式担保ローンを利用している企業や個人の財務リスクが高まる可能性があるため、その動向に注意を払うことが大切です。
インサイダー取引
インサイダー取引とは、上場企業の未公表の重要情報を知る立場にある人が、その情報を利用して株式などを売買する行為を指します。これは金融商品取引法で禁止されており、市場の公平性を守るために設けられた重要なルールです。 たとえば、決算の内容や合併・買収の計画、大口契約の締結・解消、役員の交代といった情報は、企業の株価に大きな影響を与える可能性があります。これらが公表される前に、会社の役員や従業員、関係会社、取引先などの内部関係者が株式を売買すると、公平な取引が損なわれることになります。 さらに、こうした情報を直接知らされていなくても、内部関係者から話を聞いた家族や知人が、その情報をもとに株を売買した場合も「情報受領者」としてインサイダー取引に問われる可能性があります。 たとえ意図的でなくても、未公表情報に基づく取引は規制の対象となることがあるため、企業に関わる立場にある人やその周辺の人は特に注意が必要です。投資を行う際は、常に公正な情報に基づいた判断を心がけ、市場の信頼を損なわない行動をとることが求められます。
決算窓空き期間
決算窓空き期間とは、企業の役員や従業員が自社株の売買を控えるべきとされる期間のことを指します。通常、決算発表前後の一定期間がこの対象となります。この期間中は、企業内部の人がまだ公表されていない決算情報を知っている可能性が高いため、不公正な取引を防ぐ目的で売買を自粛するルールが設けられています。資産運用の観点では、決算窓空き期間に入ると役員の売買動向が一時的に止まるため、市場での取引量や株価の動きに影響を与えることもあります。このため、決算スケジュールと合わせて意識しておくことが大切です。
大量保有報告
大量保有報告とは、上場企業の株式を一定割合以上保有した投資家が、保有状況を金融当局に報告しなければならない制度のことを指します。具体的には、株式の5%以上を取得した場合に、取得から5営業日以内に「大量保有報告書」を提出する義務があります。この報告により、誰が企業に対して大きな影響力を持ち始めたかを投資家全体が把握できるようになります。資産運用の場面では、大量保有報告によって有力な投資家やファンドの動向を知ることができるため、株式の売買判断に役立つ重要な情報源となります。
キャピタルゲイン(売却益)
キャピタルゲイン(売却益)とは、保有していた資産を売却することで得られる利益のことを指します。株式や不動産、債券、金などの貴金属を購入時の価格より高い価格で売却した場合、その差額がキャピタルゲインです(対義語:インカムゲイン)。 例えば、1,000円で購入した株を1,500円で売却すれば、500円がキャピタルゲインです。ただし、売却時には税制や手数料を考慮する必要があり、特に金融資産では 譲渡益課税 が適用されることが多くあります。 キャピタルゲインは、大きなリターンを得られる可能性がある一方で、購入時より価格が下がると 元本割れのリスク も伴います。そのため、資産運用では 売却益の確保 と 税負担の最適化 が重要な戦略の一つです。