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取得費加算の特例とは?相続した不動産・株式を売る前に確認したい節税のポイント

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Acquisition cost addition1

取得費加算の特例とは?相続した不動産・株式を売る前に確認したい節税のポイント

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執筆者:

公開:

2026.05.29

更新:

2026.05.29

相続

相続で取得した不動産や株式を売却する際、「相続税を払ったのにさらに譲渡所得税がかかるのは二重課税ではないか」と感じる場面は少なくありません。特に取得費加算の特例は節税に直結する一方、適用要件や期限を誤ると数百万円単位で負担が増えるリスクがあります。この記事では、取得費加算の特例について制度趣旨から適用要件、計算方法、他特例との比較、申告手続きまでを一連の流れで具体的に解説します。

サクッとわかる!簡単要約

取得費加算の特例の仕組みや適用要件、計算方法、他特例との有利判定の考え方を体系的に理解でき、二重課税が生じる構造とその回避方法を把握できるようになります。そのうえで、自分が特例を使えるかを判断し、売却タイミングや申告手続きを適切に進めることで、無駄な税負担や期限切れによる機会損失を防げるようになります。

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目次

取得費加算の特例とは

制度の目的と概要

二重課税を防ぐ仕組み

対象となる財産の種類

取得費加算の特例を利用するための3つの適用要件

要件① 相続・遺贈で取得する

要件② 相続税が課税済みである

要件③ 3年10ヶ月以内に売却する

適用できないケース一覧

取得費加算額の計算方法

基本の計算式と考え方

不動産の計算例

株式・投資信託の場合

代償分割の場合の計算

取得費加算の特例による節税効果のシミュレーション

不動産売却での節税額

株式売却での節税額

他の特例との併用可否や有利・不利の判定

【併用可能】3,000万円控除との比較

【併用不可】相続空き家の特例

【併用可能】小規模宅地特例との関係

【併用可能】概算取得費との関係

確定申告の手続き方法

必要書類一覧

計算明細書の書き方

申告期限の注意点

取得費加算の特例の利用時に注意すべき5点

① 遺産分割協議の期限を管理する

② 複数物件がある場合は優先順位をつける

③ 代償分割は節税効果が下がる点に注意する

④ 納付した相続税がゼロなら使えない

⑤ 申告を忘れると後から取り戻せない

相続した資産を売却するタイミングを最適化する方法

期限から逆算する

損益通算との組み合わせを検討する

自社株・非上場株は事業承継も加味する

売却後の資産運用戦略

NISAで運用する

ポートフォリオを再構築する

取得費加算の特例とは

相続で取得した財産を売却すると、相続税と譲渡所得税の両方が課される場合があります。取得費加算の特例は、この二重課税を緩和するために設けられた制度です。

制度の目的と概要

相続財産の売却には、二重課税という構造的な問題があります。相続税を納めた財産を売却すると、今度はその売却益に対して譲渡所得税が課されるためです。

取得費加算の特例(租税特別措置法第39条)は、売却した財産に対応する相続税相当額を「取得費(財産の取得にかかった費用)」に上乗せできる制度です。取得費が増えると譲渡所得が圧縮され、納める税額も少なくなります。

二重課税を防ぐ仕組み

譲渡所得は次の計算式で求めます。

Avoid double taxation

取得費加算の特例を使うと、取得費に相続税額の一部を加算できます。下の表で特例あり・なしの差を確認してみましょう。

特例なし特例あり
売却価格5,000万円5,000万円
取得費2,000万円2,000万円
取得費加算額800万円
譲渡費用200万円200万円
譲渡所得2,800万円2,000万円
税額(20.315%)約569万円約406万円
節税効果約163万円

取得費加算額は「払った相続税の全額」ではなく、売却した財産に対応する部分だけです。この点は計算で最も誤解されやすいポイントなので、注意しましょう。

対象となる財産の種類

取得費加算の特例は、不動産だけでなく幅広い財産に適用できます。主な対象は以下のとおりです。

財産の種類具体例
不動産土地・建物・借地権
上場有価証券上場株式・ETF・投資信託
非上場株式同族会社株式・事業承継株式
その他の財産ゴルフ会員権・金地金・書画骨董など

特に見落とされやすいのが、株式・投資信託への適用です。相続で引き継いだ株式を売却する際にも特例を使えるため、金融資産を相続した方も必ず確認してください。

なお、事業所得や雑所得として課税される譲渡(たとえば棚卸資産の売却など)は対象外となります。あくまで「譲渡所得」に該当する売却が前提です。

取得費加算の特例を利用するための3つの適用要件

取得費加算の特例は、3つの要件をすべて満たした場合にのみ適用できます。1つでも欠けると特例は使えないため、売却前に必ず確認してください。

要件① 相続・遺贈で取得する

特例の対象となるのは、相続または遺贈(遺言によって財産を受け取ること)で取得した財産です。生前贈与で取得した財産は原則として対象外となります。

見落としやすいのは、相続人以外の人も対象になる点です。たとえば、遺言によって財産を受け取った友人や法人以外の第三者(受遺者)も、他の要件を満たせば特例を適用できます。

  1. 一方、死因贈与は法的には遺贈と異なる概念ですが、税務上の取扱いは一律に単純化できません。取得費加算の特例に当たるかは、契約内容や相続税申告上の整理を確認したうえで判断しましょう。

要件② 相続税が課税済みである

特例を使えるのは、相続税を実際に納付した人だけです。相続税がゼロだった場合は、原則として適用できません。

ただし、「相続税がゼロ」にも2種類あるため注意が必要です。

パターン特例の適用
基礎控除内に収まり、そもそも課税されなかった適用不可
課税はされたが、配偶者控除等で納付額がゼロになった適用不可
相続税が課税され、実際に納付した適用可

配偶者の税額軽減(配偶者控除)や小規模宅地等の特例を活用して納付額がゼロになったケースも、適用不可となります。「税金を払っていないなら特例も使えない」と覚えておくとシンプルです。

要件③ 3年10ヶ月以内に売却する

売却のタイムリミットは、「相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日まで」です。

相続税の申告期限は「相続開始を知った日の翌日から10ヶ月後」であるため、起算点は相続開始日からではなく申告期限からになります。

たとえば2022年4月1日に相続が開始した場合、申告期限は2023年2月1日、売却期限は2026年2月1日となります。

  1. 譲渡日は、原則として買主に引き渡した日で判定しますが、売買契約などの効力発生日で譲渡があったものとして申告できる場合もあります。期限判定が微妙な案件では、契約日・引渡日のどちらで整理するかを早めに確認しておきましょう。

適用できないケース一覧

要件を一見満たしているように見えても、次のケースでは特例が使えません。売却前に必ず確認してください。

適用できないケース理由
法人が財産を取得した場合個人の譲渡所得税が前提の制度
生前贈与で取得した財産の売却相続・遺贈以外は対象外
相続税の納付額がゼロの場合課税された相続税がないため加算できない
事業所得・雑所得となる譲渡譲渡所得以外には適用不可
期限後申告で相続税を納付した場合原則、当初申告での申請が必要
引渡しが売却期限を過ぎた場合契約日ではなく引渡日が基準

期限後申告については、「やむを得ない事情がある場合」として例外的に認められるケースもゼロではありませんが、原則は当初申告での適用が必要です。税務署への相談や税理士への確認をおすすめします。

取得費加算額の計算方法

取得費加算額は「払った相続税の全額」ではありません。売却した財産に対応する部分だけを加算する仕組みです。計算を3ステップで整理します。

基本の計算式と考え方

取得費加算額は、次の計算式で求めます。

Acquisition cost addition

各変数の意味を整理すると下の表のとおりです。

変数意味確認できる書類
相続税額自分が実際に納付した相続税相続税申告書・第1表
譲渡した財産の相続税評価額売却した財産の相続税上の評価額相続税申告書・第11表
課税価格の合計額自分の相続税の計算対象となった財産の総額相続税申告書・第1表

誤解されやすいのは、「相続税額の全額を取得費に加えられる」という思い込みです。

実際には相続財産全体に対する「売った財産の割合」に応じた額だけが加算されます。複数の財産を相続した場合、売却した財産の評価額が小さければ、加算できる金額も小さくなります。

不動産の計算例

次の条件でシミュレーションしてみましょう。

項目金額
課税価格の合計額2億円
納付した相続税額4,000万円
売却する不動産の相続税評価額8,000万円
売却価格1億円
取得費(購入時の費用)3,000万円
譲渡費用(仲介手数料等)300万円

この場合、取得費加算額は「4,000万円×8,000万円÷2億円=1,600万円」です。

特例なし特例あり
譲渡所得6,700万円5,100万円
税額(※長期譲渡所得を前提に約20.315%)約1,361万円約1,036万円
節税額約325万円

取得費加算額は、別途「相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書」で計算したうえで、確定申告書に反映します。

株式・投資信託の場合

上場株式や投資信託に取得費加算を適用する場合、銘柄ごとに計算する必要があります。

たとえば3銘柄を相続し、そのうちA銘柄だけを売却した場合、加算できるのはA銘柄の評価額に対応する相続税分のみです。

Deemed inherited assets2

また、取得費加算は譲渡益が出ている銘柄にしか節税効果がありません。含み損の状態で売却した銘柄に適用しても、課税所得が発生しないため加算の意味がなくなります。

売却前に保有銘柄の損益状況を確認し、利益が出ている銘柄から優先的に適用を検討してください。

代償分割の場合の計算

代償分割とは、特定の相続人が財産を取得する代わりに、他の相続人へ現金(代償金)を支払う遺産分割の方法です。

代償金を支払って財産を取得した場合、取得費加算の計算式の分子(譲渡財産の相続税評価額)から、支払った代償金を控除して計算します。

Deemed inherited assets3

代償金の分だけ加算額が減るため、現物分割(財産をそのまま分ける方法)と比べて節税効果が目減りします。遺産分割の方法を決める前に、代償分割と現物分割でそれぞれ試算しておくことが重要です。

小規模宅地特例後の注意

小規模宅地等の特例とは、被相続人の自宅や事業用地の相続税評価額を最大80%減額できる制度です。

この特例を適用した土地を売却する場合、取得費加算の計算に使う「譲渡財産の相続税評価額」は減額後の評価額になります。

項目金額
土地の本来の評価額5,000万円
小規模宅地特例後の評価額(80%減)1,000万円
取得費加算の計算に使う金額1,000万円(減額後)

「2つの特例を重ねれば二重に節税できる」と思われがちですが、小規模宅地特例で評価額を大きく下げるほど、取得費加算の節税効果も小さくなります。

相続時に小規模宅地特例を適用するかどうかは、将来の売却予定も含めて事前にシミュレーションしたうえで判断することをおすすめします。

取得費加算の特例による節税効果のシミュレーション

特例を使うと実際にいくら節税できるのか、不動産と株式それぞれのモデルケースで確認します。

不動産売却での節税額

相続で取得した不動産を売却するにあたり、次の条件でシミュレーションします。

項目金額
課税価格の合計額2億円
納付した相続税額5,000万円
売却する不動産の相続税評価額8,000万円
売却価格1億2,000万円
取得費2,000万円
譲渡費用400万円

この場合、取得費加算額は「5,000万円×8,000万円÷2億円=2,000万円」です。

特例なし特例あり
譲渡所得9,600万円7,600万円
税額(20.315%)約1,950万円約1,544万円
節税額約406万円

特例を申告し忘れるだけで。400万円超の税負担が生じます。売却後の確定申告では必ず適用を確認してください。

株式売却での節税額

続いて、株式を売却する場合です。次の条件でシミュレーションします。

項目金額
課税価格の合計額1億円
納付した相続税額2,000万円
売却する株式の相続税評価額3,000万円
売却価格4,000万円
取得費(相続時の評価額)3,000万円

取得費加算額は「2,000万円×3,000万円÷1億円=600万円」です。

特例なし特例あり
譲渡所得1,000万円400万円
税額(20.315%)約203万円約81万円
節税額約122万円

株式の場合、譲渡所得税率は一律20.315%(所得税15.315%+住民税5%)です。不動産と異なり保有期間による税率の変動がないため、売却タイミングの税率面での有利・不利は生じません。ただし、含み損銘柄との損益通算を組み合わせると、さらに節税効果を高められます。

他の特例との併用可否や有利・不利の判定

取得費加算の特例は、他の特例と組み合わせられるケースと、どちらか一方しか選べないケースがあります。選択を誤ると数百万円単位で損をする可能性があるため、売却前に必ず確認してください。

【併用可能】3,000万円控除との比較

居住用財産を売却した際に譲渡所得から最大3,000万円を控除できる「居住用財産の3,000万円特別控除」は、取得費加算の特例と併用できます。

  1. ただし、適用できるのは相続人自身が居住していた自宅を売却する場合です。被相続人(亡くなった方)が住んでいた家を相続してそのまま売るケースは、後述する「相続空き家の特例」が該当するため、混同しないよう注意してください。

2つの特例を組み合わせた場合の効果は次のとおりです。

項目金額
売却価格8,000万円
取得費2,000万円
譲渡費用300万円
取得費加算額1,500万円
3,000万円控除3,000万円
譲渡所得1,200万円
税額(20.315%)約244万円

取得費加算額のみ適用した場合の税額は約854万円、3,000万円控除のみでは約447万円です。両方を組み合わせることで、さらに節税効果が高まります。

【併用不可】相続空き家の特例

被相続人が一人で居住していた空き家を相続して売却する場合、「被相続人の居住用財産(空き家)に係る3,000万円特別控除(措法35条3項)」が使えます。しかしこの特例は、取得費加算の特例と併用できません。どちらか一方を選ぶ必要があります。

判断の目安は次のとおりです。

判断軸有利な特例
譲渡益が3,000万円以下相続空き家の特例(控除額が大きい)
譲渡益が3,000万円超取得費加算の特例(相続税額が大きいほど有利)
支払った相続税額が多い取得費加算の特例
建物が耐震基準を満たさず解体が必要要件を確認のうえ相続空き家の特例

相続空き家の特例には「昭和56年5月31日以前に建築された建物であること」「売却価格が1億円以下であること」など、細かい適用要件があります。要件を満たせない場合は取得費加算の特例一択となるため、まず空き家特例の要件確認を先に行いましょう。

  1. なお、譲渡益が控除上限以下で、かつ空き家特例の要件を満たす場合は、相続空き家の特例が有利になりやすい傾向です。もっとも、令和6年1月1日以後の譲渡では相続人が3人以上の場合の控除上限は2,000万円となるため、人数や譲渡益の金額を踏まえて比較する必要があります。

【併用可能】小規模宅地特例との関係

小規模宅地等の特例は相続時に評価額を下げる制度、取得費加算の特例は売却時に課税所得を下げる制度です。それぞれ使う場面が異なるため、基本的には両方適用できます。

ただし、小規模宅地特例で評価額を圧縮した土地は、取得費加算の計算基準も下がります。

相続税の節税を優先して小規模宅地特例をフル活用するか、将来の売却時の節税を見越して適用範囲を絞るか、相続の段階から設計しておくことが重要です。売却予定がある土地については、相続税申告前に税理士へ相談することをおすすめします。

【併用可能】概算取得費との関係

取得費が不明な場合、売却価格の5%を取得費とみなす「概算取得費(5%ルール)」があります。この概算取得費と取得費加算の特例は重複して適用できます

項目金額
売却価格5,000万円
概算取得費(5%)250万円
取得費加算額800万円
譲渡費用200万円
譲渡所得3,750万円

購入時の契約書や領収書が見つからない古い不動産でも、取得費加算の特例は諦める必要がありません。ただし、実際の取得費が判明している場合は概算取得費より実額を使うほうが有利になるケースが多いため、まず書類の有無を確認することが先決です。

確定申告の手続き方法

取得費加算の特例は、確定申告で自ら申請しなければ適用されません。必要書類・記入方法・期限の3点を事前に把握しておきましょう。

必要書類一覧

確定申告に必要な書類は次のとおりです。

書類入手先
相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書国税庁ホームページ
譲渡所得の内訳書(土地・建物用または株式用)国税庁ホームページ
売買契約書・仲介手数料の領収書売却時に取得
相続税申告書(第1表・第11表)相続税申告時の控え

平成30年度の改正により、確定申告書への相続税申告書の添付は不要になりました。ただし、計算明細書に転記する数字は相続税申告書から引用するため、手元に保管しておく必要があります。

計算明細書の書き方

計算明細書には、次の順番で記入します。

①売却した財産の情報を記入する

所在地・種類(土地・建物・株式など)・相続税評価額を記入します。評価額は相続税申告書の第11表から転記します。

②課税価格と相続税額を記入する

自分の課税価格の合計額と納付した相続税額を記入します。いずれも相続税申告書の第1表から転記します。

③取得費加算額を計算する

「相続税額 × 譲渡財産の評価額 ÷ 課税価格の合計額」で算出した金額を記入します。この金額を譲渡所得の内訳書の取得費欄に加算して、最終的な譲渡所得を計算します。

申告期限の注意点

確定申告の期限は、売却した翌年の2月16日〜3月15日です。

e-Taxを使ったオンライン申告も可能で、添付書類の郵送が不要になるため手続きが簡便です。

最も注意すべきは、申告期限を過ぎると取得費加算の特例を適用できなくなる点です。この特例には「当初申告要件」があり、期限後に更正の請求(払いすぎた税金を還付請求する手続き)で取り戻すことは原則できません。売却後は早めに書類の準備を始めることが重要です。

相続税未確定時の対応

相続開始直後に不動産を売却した場合、確定申告の期限(翌年3月15日)が相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月後)より先に来るケースがあります。

この場合は、次の手順で対応します。

ステップ内容タイミング
① 確定申告相続税額が未確定のまま、特例なしで確定申告を行う売却翌年の3月15日まで
② 相続税申告相続税申告書を税務署へ提出する相続開始から10ヶ月以内
③ 更正の請求取得費加算の特例を適用して還付を請求する相続税申告書の提出日の翌日から2ヶ月以内

更正の請求とは、確定申告後に税額の誤りを訂正して還付を求める手続きです。このケースに限り、当初申告で特例を適用していなくても更正の請求が認められています。売却タイミングが早い場合は、この手順を税理士と事前に確認しておくと安心です。

取得費加算の特例の利用時に注意すべき5点

要件を満たしていても、実務上の落とし穴にはまると特例を失うリスクがあります。売却前に5つのポイントを確認してください。

① 遺産分割協議の期限を管理する

取得費加算の特例を使うには、売却期限である「相続税申告期限の翌日から3年以内」に引渡しを完了する必要があります。遺産分割協議が長引くと、この期限を知らぬまま超えてしまうリスクがあります。

相続人が多い・遺産が複雑・相続人間の関係が悪化しているケースでは特に注意が必要です。

  1. 不動産売却には媒介契約から引渡しまで平均6〜12ヶ月かかります。逆算すると、相続開始から約2年10ヶ月目には売り出しを開始する必要があります。期限が迫ってからの売り急ぎは、買い叩きによる売却価格の低下につながります。早期に専門家を交えて遺産分割を進めることが重要です。

② 複数物件がある場合は優先順位をつける

複数の不動産を相続した場合、どの物件に特例を適用するかで節税効果が大きく変わります。

取得費加算の特例が効果を発揮するのは、譲渡益が出ている物件のみです。売却益が出ない物件に適用しても課税所得が発生しないため、節税効果はゼロになります。

物件売却益特例の効果
A物件3,000万円の利益節税効果あり
B物件500万円の損失節税効果なし

複数の財産を譲渡した場合は、譲渡した各財産ごとに取得費に加算する相続税額を計算します。ただし、譲渡損失が出る資産に加算しても節税効果は乏しいため、どの資産をいつ売るかは利益の出方を見ながら個別に試算することが重要です。

③ 代償分割は節税効果が下がる点に注意する

代償分割で財産を取得した場合、支払った代償金の分だけ取得費加算の計算基準となる評価額が圧縮されます。現物分割(財産をそのまま相続する方法)と比べて、節税効果が目減りします。

分割方法取得費加算額の計算
現物分割相続税額 × 財産の評価額 ÷ 課税価格
代償分割相続税額 × (財産の評価額 − 代償金) ÷ 課税価格

遺産分割の方法を決める前に「代償分割と現物分割でどちらが節税効果が高いか」を試算しておくことが重要です。分割協議の段階から税理士に相談することで、売却時の税負担まで含めた最適な分割方法を選べます。

④ 納付した相続税がゼロなら使えない

配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を活用した結果、相続税の納付額がゼロになった場合は特例を適用できません。

「課税はされたが控除でゼロになった」場合も、適用不可である点に注意が必要です。相続税の納付額は相続税申告書の第1表で確認できます。納付額がゼロになっている場合は、取得費加算の特例を前提とした売却計画を立て直す必要があります。

⑤ 申告を忘れると後から取り戻せない

取得費加算の特例には「当初申告要件」があります。確定申告の期限内に特例を申請していなければ、後から更正の請求で取り戻すことは原則できません

ただし、相続税未確定のまま確定申告を行った場合においては、例外的に更正の請求が認められています。それ以外の「うっかり忘れ」は原則として救済されない点に注意しましょう。

申告前のチェックリスト

  1. 相続税を実際に納付しているか
  2. 売却(引渡し)が3年10ヶ月の期限内に完了しているか
  3. 計算明細書を作成し、取得費加算額を譲渡所得の内訳書に反映しているか
  4. e-Taxまたは書面で期限内(翌年3月15日まで)に申告しているか

相続した資産を売却するタイミングを最適化する方法

「いつ売るか」の判断は、節税効果に直結します。期限・損益通算・資産の種類という3つの軸で売却タイミングを設計しましょう。

期限から逆算する

不動産売却には媒介契約から引渡しまで平均6〜12ヶ月かかります。3年10ヶ月の期限から逆算すると、売り出しを開始すべきタイミングは次のとおりです。

タイミングアクションポイント
相続開始遺産分割協議・相続税申告の準備を始める売却計画もこの段階から検討する
相続開始から約2年10ヶ月後売り出し開始(遅くともこの時点で動き出す)ここを逃すと期限内の引渡しが困難になる
売り出しから6〜12ヶ月後引渡し完了3年10ヶ月の期限内に完了させる

期限が迫ってからの売却は、買い手優位の交渉になりやすく、売却価格が下がるリスクがあります。相続開始から2年を目安に売却の検討を始めるのが安全です。

損益通算との組み合わせを検討する

損益通算とは、同一年内の譲渡益と譲渡損失を合算して課税所得を計算する仕組みです。

たとえば上場株式等の譲渡損失は、上場株式等の譲渡所得等や一定の配当所得等との通算が問題になります。不動産の譲渡益と上場株式等の譲渡損失を単純に相殺できるわけではないため、資産ごとに通算可否を確認しましょう。

項目金額
不動産の譲渡益(取得費加算後)2,000万円
株式の譲渡損失−500万円
損益通算後の課税所得1,500万円
節税額(20.315%)約102万円

ポートフォリオ全体の損益を見ながら「どの資産をいつ売るか」を設計することで、取得費加算の効果をさらに高められます。

自社株・非上場株は事業承継も加味する

事業承継で相続した非上場株式や同族会社の株式を売却する場合にも、取得費加算の特例は適用できます。

ただし、非上場株式の売却ではみなし配当課税に注意が必要です。会社に株式を買い取ってもらう「自己株式取得」の形をとると、売却益の一部が配当所得として総合課税(最大55.945%)の対象になります。取得費加算の特例は譲渡所得部分にしか適用できないため、みなし配当が生じる取引では節税効果が限定されます。

売却先を第三者(M&Aなど)にする場合は譲渡所得として20.315%の申告分離課税が適用されるため、取得費加算の効果をフルに活かせます。非上場株の売却を検討する場合は、売却先と課税区分をセットで税理士に確認することを強くおすすめします。

売却後の資産運用戦略

取得費加算の特例で節税した後、得た現金をどう活かすかが資産形成の分岐点です。相続は資産を見直す数少ない機会でもあります。

NISAで運用する

売却で得た現金は、NISAの成長投資枠(年間240万円)に充てることで、今後の運用益・配当益を非課税にできます。

相続財産が不動産に偏っていたケースでは、売却によって初めてまとまった現金が手に入ります。この資金をNISAの非課税枠に毎年計画的に入れることで、長期的な資産形成につなげられます。

項目内容
成長投資枠(年間上限)240万円
非課税保有限度額(生涯)1,200万円
対象商品上場株式・投資信託・ETFなど

一度に大きな現金が入る相続のタイミングは、NISA活用を本格的に始める好機です。

ポートフォリオを再構築する

相続は、資産全体のバランスを見直す絶好の機会です。不動産・現金・株式・債券の配分を、相続人自身のリスク許容度に合わせて組み直しましょう。

特に不動産偏重の資産構成は、流動性(すぐに現金化できる度合い)が低く、急な支出に対応しにくい欠点があります。売却で得た現金を金融資産に分散することで、資産全体のリスク管理が向上します。

「取得費加算で節税する→売却益を最大化する→分散投資で長期運用する」という一連の流れを意識することで、相続をきっかけとした資産戦略の全体像が見えてきます。

この記事のまとめ

この記事では、取得費加算の特例の目的や適用要件、計算方法、併用可否、申告手続きまでを整理し、節税判断に必要な実務視点を確認しました。次のステップとしては、自身の相続財産が要件を満たすかを確認し、売却予定時期と申告期限を逆算したうえで、必要に応じて税理士へ相談しながら最適な適用判断を行うことが重要です。不明点がある場合は早めの確認が損失回避につながります。

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柴田充輝

金融系ライター

厚生労働省や保険業界・不動産業界での勤務を通じて、社会保険や保険、不動産投資の実務を担当。FP1級と社会保険労務士資格を活かして、多くの家庭の家計見直しや資産運用に関するアドバイスを行っている。金融メディアを中心に、これまで1,000記事以上の執筆実績あり。

厚生労働省や保険業界・不動産業界での勤務を通じて、社会保険や保険、不動産投資の実務を担当。FP1級と社会保険労務士資格を活かして、多くの家庭の家計見直しや資産運用に関するアドバイスを行っている。金融メディアを中心に、これまで1,000記事以上の執筆実績あり。

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関連する専門用語

相続税の取得費加算の特例

相続税の取得費加算の特例とは、相続によって取得した土地や株式などの資産を一定期間内に売却した場合に、支払った相続税の一部をその資産の取得費に加えることができる制度です。この特例を使うことで、譲渡所得の計算上の利益が少なくなり、結果として譲渡所得税(売却益に対する税)の負担を軽減することができます。 対象となるのは、相続開始の日の翌日から3年10か月以内に売却した資産で、実際に相続税を支払っていることが条件です。相続と資産売却が関わる場面では、税金を抑えるために非常に有効な制度であるため、早めの手続きや専門家への相談が重要です。

二重課税

二重課税とは、同じ所得や資産に対して、二つ以上の国や課税主体から重ねて税金が課されることを指します。たとえば、外国の株式や債券に投資して得た利息や配当金に対して、まず現地の国で源泉徴収され、その後に日本でも課税されるというケースがあります。このような状況では、同じ収益に対して二重に税金がかかってしまい、実質的な手取りが減ることになります。ただし、日本では外国で課税された分を日本の税額から差し引く「外国税額控除」という制度があり、一定の条件を満たせば二重課税の負担を軽減することができます。海外投資を行う際は、このような税制のしくみにも目を向けることが重要です。

相続税評価額

相続税評価額とは、亡くなった方の財産を相続する際に、その財産がいくらの価値があるかを税務上で計算した金額のことです。 この金額を基にして、相続税がいくらになるかが決まります。現金や預金はそのままの金額で評価されますが、不動産や株式などは国が定めた評価方法に基づいて計算されるため、実際の市場価格とは異なることがあります。 たとえば、不動産は「路線価」や「固定資産税評価額」を用いて算出されるため、相場よりも低くなる場合もあります。この評価額を正しく把握しておくことで、相続税の対策や資産の分配を円滑に行うことができます。

課税価格

課税価格とは、相続税や贈与税を計算する際の基準となる金額で、課税の対象となる財産の合計額から、各種の非課税枠や控除額を差し引いた後の最終的な金額を指します。たとえば、相続の場合は、まずすべての相続財産を評価し、そこから債務や葬式費用、非課税財産などを控除し、さらに基礎控除を差し引いた金額が「課税価格」となります。この課税価格が一定額を超えると、相続税が発生します。課税価格は、税率の適用や各相続人への按分を行う際のベースとなる非常に重要な指標です。 正確に算定しないと、税金を多く払ってしまったり、申告漏れでペナルティが発生するおそれもあるため、専門的な知識が求められる分野です。資産運用や相続対策を行う上では、この課税価格の仕組みをしっかり理解しておくことが欠かせません。

遺贈

遺贈とは、遺言書によって自分の財産を相続人や第三者に無償で譲ることを指します。生前の贈与とは異なり、遺贈は本人が亡くなったときに初めて効力が生じるのが特徴です。たとえば、「私の預金を○○さんに渡す」といった内容を遺言書に書いておけば、その人が相続人であってもなくても、遺贈として財産を受け取ることができます。 遺贈は、特定の財産を指定して渡す「特定遺贈」と、財産の一定割合を指定して渡す「包括遺贈」に分けられます。また、相続人以外の人や団体(たとえば知人や慈善団体など)にも遺贈することが可能なため、本人の意思を柔軟に反映できる方法として活用されています。資産運用や相続の場面では、誰にどの財産をどのように渡すかを明確にする手段として、遺贈はとても大切な制度です。

受遺者

受遺者とは、遺言書によって財産を受け取ることが指定された人のことを指します。つまり、亡くなった方(遺言者)が生前に書いた遺言書の中で、「この人に財産を渡します」と明記された受取人です。受遺者は相続人である場合もあれば、相続人以外の第三者であることもあります。たとえば、「長男に不動産を渡す」「お世話になった知人に預金の一部を贈る」などと記載されていれば、その対象となる人が受遺者です。遺言による財産の受け取りは、法律で定められた相続とは別の仕組みで行われるため、遺言書の内容に従って確実に権利を得ることができます。資産を特定の人に託したいという希望を実現するために、遺言と受遺者の制度は非常に重要な役割を果たします。

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